エビデンスは自分の手で作り出せ
◎高知ブランドの技術を世界に発信したい
今年4月、高知大学医学部附属病院に「光線医療センター」が誕生しました。特殊な光源を用いた「光線医療技術」の診療、研究、教育を推進する部門です。
主な対象疾患は消化管がん、乳がん、肺がん、脳腫瘍、膀胱(ぼうこう)がん、前立腺がんなどです。
外科1(消化器外科・乳腺内分泌外科・小児外科)、外科2(心臓血管外科・胸部外科・形成外科)、脳外科、皮膚科、泌尿器科など、さまざまな科が横断的にかかわり、力を結集します。
センター長を私が、副センター長を井上啓史教授(泌尿器科)が務めます。光線医療を基盤とする本格的なセンターとしては、国内初の試みと言っていいでしょう。
当院に光線医療センターが開設された理由は大きく二つあります。
当センターの技術アドバイザーであり、生理学(循環制御学)の佐藤隆幸教授が2010年、世界で初めて「近赤外蛍光カラーカメラシステム」を開発しました。
薬剤「インドシアニングリーン(ICG)」は近赤外線を照射すると、近赤外蛍光を発します。
ICGを人体に注入することで、肉眼では分からなかったリンパ節や血管を「光らせて可視化」。特殊なカメラにを用いて、術中にリアルタイムで切除すべき部分をとらえることができるのです。
また、がんのリンパ節への転移の有無を調べる「センチネルリンパ節生検」や、心臓血管バイパス術などの術後の血流不全を確認することができます。この技術は「ハイパーアイメディカルシステム」として製品化されています。
副センター長の井上啓史教授は、もともと脳外科の分野で使用されていた天然アミノ酸「5―アミノレブリン酸(5-ALA)」による腫瘍診断技術を、世界で初めて膀胱がんの診断に応用しました。
体内に投与した5-ALAは生合成によりがん細胞に集積。青色可視光で励起(れいき)すると、赤色蛍光を発します。「光らせてがんを可視化」する光線力学診断(PDD)です。
がん細胞と正常細胞の境界線が見える。つまり、「取りすぎ」や「取り残し」を減らすことができるということです。もちろん再発の可能性も下がります。
高齢化が進む中、「過不足のない手術」「低侵襲でやさしい治療法」の確立は、社会的にも大きな意義があるに違いありません。
高知大学が世界に誇る「光線医療」の技術を、さらに診療科の幅を広げて、さまざまな疾患に適用させていくことがセンターのミッションです。
将来的には高知ブランドのエビデンスを世界に発信し、普及させていきたいと考えています。
◎数年後には画期的な成果の発表を
診断にとどまらず、がんを死滅させるための研究も進んでいます。
5-ALAを赤色、または緑色の可視光で励起し、生化学反応でがん細胞を死滅させる光線科学治療(Photodynamic Therapy=PDT)」の開発に取り組んでいます。
従来の光線科学治療は、がん細胞とともに正常な細胞にもダメージを与えていました。当センターで開発中のPDTは、文字通り「がんだけ」をターゲットとするものです。
脳腫瘍、皮膚表皮内がん、膀胱がん、前立腺がんなどが対象です。
また、肺がんに対しては、ICGの特性を応用した「低出力近赤外線レーザーによる焼灼(しゃく)治療」を開発中です。
これまで完全に経験値で診断、治療していたことが、ベテランの医師でも、1年目の若手でも、客観的・科学的に評価できるようになります。医療者の技術の標準化にも貢献することが期待できるのです。
擬陽性や擬陰性に左右されない「がんのみを光らせる」ための精度をもっと高めていく必要があります。男性、女性、高齢者、若年者、太っている、やせているなどによる差異も縮めていかねばなりません。
課題は数多くありますが、完成させるのが難しい技術だからこそ、チャレンジする価値があります。
現在、各科がスタディーを重ね、データが着々と蓄積されています。各方面からの注目度も高く、今年、大規模なプロジェクトとして発展させていく計画もあります。
2019年11月14日(木)〜16日(土)、高知文化プラザかるぽーとで開かれる「第81回日本臨床外科学会総会」の会長に任命されました。
プログラムの柱の一つとして、光線医療を取り上げたいと考えています。おそらくそのころには、何らかの画期的な発表ができる段階にまで研究が進んでいるでしょう。
偶然にも、11月15日は坂本龍馬の生誕祭。なんだか不思議な縁を感じています。
◎EBMとECMを備えた外科医を育成
世の中が求める外科医像とは、手術の上手な医師でしょう。もちろんそれは大事なことです。私たちは手術をすることで社会に貢献する職業なのですから。
トレーニングを重ねれば技術は向上しますが、光線医療のようなブレークスルーを成し遂げるには、研究をしながら手術の腕を磨くことが欠かせないと思うのです。
大事なのはエビデンスに基づく医療、すなわちEBM(Evidence-BasedMedicine)。私が力を注いでいるのは、「研究マインドと高い技術」を持った外科医の育成です。
もう一つキーワードがあります。
EBMと対になる「ECM(Evidence-CreativeMedicine)」。私の造語です。
EBMをいくら駆使しても、解決できない問題、未知の壁はたくさんあります。では、仕方ないと諦めるべきか?
目の前の患者さんを救いたいと願うのなら、私は「ECMをしなさい」と言います。
エビデンスを自分で作り出せということです。作り出すには研究する必要があり、誰もやったことがないことに挑まなければなりません。
もし大きな発見があれば、患者さんの利益につながります。世界に広がれば、よりたくさんの人が助かることになります。 既成概念にとらわれず、新しいことを求める者だけが、ブレークスルーを手に入れることができます。外科医療は、そうやって進化してきたのです。
「手術は手先が器用な人が向いている」というイメージがありますが、私はある程度の器用さがあれば十分だと思います。
それ以上に大事なのは、常に考え続けることです。私が知っている手術の上手な先生は、みなさん「手術は頭でするもの」だとおっしゃいます。優れた判断力、確かな知識なくして、手は思い通りに動いてくれないのです。
◎炎症を制する者ががんを制する
外科療法に炎症や感染症のリスクはつきものです。「炎症を制する者は腫瘍を制す」という言い方もできると思います。
術後の感染症や合併症を抑えることが、がんの長期成績につながることが分かっています。
ポイントの一つは、術後の免疫機能の低下をゆるやかにすることです。特に高齢者にとって、体への負担が少ない手術は、免疫機能を落とさないためにも重要です。
まだ完全に解明されているわけではないのですが、がん細胞は体内をぐるぐると循環しているのです。みなさんも、私もそうです。体の機能が正常に働くことで、がん細胞をやっつけてくれるわけです。
しかし炎症が起こると、がん細胞が体内に定着する確率が高まります。それが、発がんを引き起こすと言われています。
免疫機能をできるだけ維持し、循環するがん細胞の定着率を下げるには、光線治療をはじめ、さまざまな新しい技術の組み合わせが考えられます。
これからのがん治療を考える上で、炎症や感染症という言葉への関心はさらに高まっていくでしょう。
2018年9月14日(金)、高知県で「第27回日本消化器疾患病態治療研究会」が開かれます。
会長を務める私が考えるテーマは三つ。一つ目は高齢者、二つ目は生活習慣病、三つ目が感染症です。
これらの課題を克服することで、がんの治療成績は一気に良くなっていくのではないかと考えます。
生活習慣病は予防することができます。感染症も治療することができます。しかし高齢者に関しては、人間が年をとるのを止めることはできません。
高齢化で患者さんの病態が細分化していく中で、いわゆる「プレシジョン・メディシン(精密医療)」の考え方が重要視されていくのでしょう。
時折、本やインターネットで病気のことを調べて、「私はこの病気だからもうだめなのでしょう」と、諦めて来院される患者さんがいます。
そこで、「あなたに適した医療があるのです」と言える未来に向かっていかなければならない。そのためにも、私たちは生涯、勉強し続けていくのです。
高知大学医学部外科学講座 外科1
高知県南国市岡豊町小蓮185-1
TEL:088-866-5811(代表)
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