増える前立腺がん治療方針はどう決める?
―泌尿器系のがんの傾向はいかがでしょうか。
国立がん研究センターが今年7月に公表した「2016年がん統計予測」によると、男性のり患者数が最も多いがんは「前立腺がん」で約9万2600人。2年連続で1位です。
以前は2020年あたりにトップになるのではないかと予測されていましたが、2015年の同統計で胃がんを抜きました。
前立腺がんの治療については、当大学には重粒子線治療を除き、ほぼすべての治療法がそろっています。
前立腺はQОLに直結しやすい臓器であるという特性があります。
そのため治療方針の決定は、患者さんの社会的背景、ライフスタイル、性格などと非常に深いかかわりがあります。「治療法にバリエーションがある」ことが重要なのです。
放射線治療だと、「小線源治療(放射線を放出する物質を前立腺内に挿入し内部から放射線をあてる治療法)」と「IМRT(強度変調定位放射線療法・腫瘍の形状に合わせて病巣に集中して放射線をあてる治療法)が基本的な選択肢です。
がんの制御という点では、放射線治療も手術も、ほぼ同等の治療成績だと言われています。
早期に発見できた限局性前立腺がんであれば、手術、放射線治療のいずれも難易度としてはあまり高くありません。患者さんの体への負担も抑えることができます。
治療のマネジメントの難しさを感じる症例が多いのが膀胱(ぼうこう)がんです。膀胱を残すか、全摘したほうがいいのか、悩ましいケースが少なくないのです。
温存すれば、がんが浸潤しているリスクを残すことになります。全摘すれば、オーバートリートメント(過剰治療)になってしまう恐れがあります。
患者さんとしては、できれば膀胱を残したいと望まれるでしょう。明らかに筋肉に浸潤しているようながんは全摘をお勧めします。
しかし、筋肉の表面の部分にあたる「間質」のがんは、「全摘する・しない」のライン上。判断が難しい場合には、患者さんとのていねいな対話で治療方針をすり合わせていくことが不可欠です。
―沖縄に特徴的な疾患については。
私の前任である2代目教授・小川由英先生(現:東京西徳洲会病院腎臓病総合医療センター長)は、尿路結石症の治療に注力しました。
尿路結石症は沖縄に多い疾患です。東南アジアなど、熱帯地域に多発する傾向があります。
疫学調査の結果、汗を大量にかいて濃縮尿になりやすいことなどが主な原因ではないかと言われています。
また、ほうれん草などに豊富に含まれるシュウ酸の摂取量が多いのではないかという指摘もあります。シュウ酸はカルシウムと結合すると結晶化することがあり、結石になりやすくなるのです。
沖縄に特徴的な疾患という点では、陰茎がんが挙げられると思います。
温暖な気候もあり、特に包茎の男性は包皮内が不潔になりやすい。
そうしてたまった汚れである「恥垢」が慢性炎症を引き起こし、がんの原因になると考えられています。
シャワーが普及するなど、日本の生活環境が変化するにつれて減少していきました。現在、発症の割合は極めて低いがんです。
琉球大学に赴任する前は、25年ほど東北地方にいました。その間、陰茎がんの患者さんは2、3例ほどしかいなかったと記憶しています。
一方、沖縄では暑さのためか、2008年に琉球大学で勤務して以降、毎年、コンスタントに2、3例を治療しています。
腎がんの発症率は、他の地域と同程度だと思います。まだ当教室として正確な統計を出せていませんが、沖縄では20代、30代など、比較的若い人に多いという印象です。
腎がんの中で最も多い「淡明細胞型腎細胞がん」は、「VHL(Von Hippel―Lindau)遺伝子の変異が原因だと言われています。
VHL遺伝子に先天的な変異がある人は「フォン・ヒッペル・リンドウ病」で発症する主な腫瘍の一つとして、若い年代で腎がんを患うことがあります。
そのほか、乳頭状腎細胞がんや、嫌色素性腎細胞がんなど、さまざまなタイプの腎がんと遺伝子変異との関係が明らかになりつつあります。
腎がん患者さんの7割程度は人間ドックの超音波検査や、別の疾患で受診した際のCT検査でたまたま発見される「偶発がん」です。
いわゆる腎がんの古典的三主徴(肉眼的血尿、腹部腫瘤、腰背部痛)で見つかるのは1割にも満たないのが現状です。
当教室では、泌尿器系がんの新たなマーカーを追究しています。
血液や尿中といった体液マーカーを研究していますが、ハードルの高さを感じているところです。世界的に見ても、学会などで新たなマーカーが見つかったという報告はあるものの、一般の臨床で使えるレベルのものはほとんどありません。
―診療で大事にしていることを教えてください。
以前、「背中が痛い」と訴える男性を診察しました。整形外科などを受診しても、診断結果は「異状なし」。
当初、私にも見当がつかなかったのですが、「症状がある場合には原因がある」のです。
男性ホルモンの量が低下すると、男性更年期障害(LОH症候群)になることがあります。
男性ホルモンは骨や筋肉をつくる働きがありますので、おそらくホルモン量の低下が筋量の低下につながって「痛み」となって現れたのでしょう。実際に測定すると、かなりホルモン量が少ないことが分かりました。
ヒントは、内分泌専門の先生の講演で「LОH症候群で痛みを感じることがある」と聞いたことです。
一見すると何の関係もなさそうなことが、実はつながっているかもしれない。医療の世界では大事な視点でしょう。
臨床に根差した当教室では、「自分で気づく」ことを重視しています。臨床がすなわち教育であり、研究の場でもあります。
治すのが難しそうな患者さんがいたら、少しでも良い治療をするにはどうしたらいいか。自発的に考え、動ける人材を育成していきたいと思っています。
大事なのは、自分の柱となるテーマを持つことではないでしょうか。なんとなく過ごしていても、テーマを見つけるのは難しいと思います。
患者さんとの会話や治療の積み重ねを通じて、自然に生まれてくるものに違いありません。
琉球大学大学院医学研究科 腎泌尿器外科学講座
沖縄県中頭郡西原町上原207
TEL:098-895-3331(代表)
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