総合診療医・家庭医による新たな診療体制を構築
今年創立40年の節目を迎えた金井病院。就任して10年目の金井伸行理事長が地域のニーズを見据えて進めてきた独自の取り組みと今後の展開を聞いた。
―病院のこれまでの歩みを教えてください。
1977年4月、父である金井武雄前理事長が京阪本線淀駅前に金井内科医院を開設したのが始まりです。
当時、この淀地域は医師不足が深刻で、地域住民の多くが電車で近隣の医療機関に通院しなければならず、金井内科医院が開業すると、多くの人が来院。1日100人以上の患者さんを、父が診ることになりました。
84年、現在の場所に移転し、金井病院がオープンしました。当院のコンセプトは「この町の病院」。地域のニーズにとことん応えたいという一心で、それは今も変わりません。
10年前に父が他界し、私が理事長に就任するにあたり、救急医療・在宅医療・予防医療を三本柱とする病院改革に着手。
「赤ちゃんからお年寄りまで臓器にこだわらず統括して診ることのできる診療チームを作ろう」と準備を重ね、2015年、「総合診療科」を立ち上げるに至りました。
このことで、専門外であることを理由に救急患者の受け入れを断ることが激減しました。
―2016年、家庭医療センターを開設しました。
総合診療科を発足した後、約1年の準備期間を経て、外来フロアの中央に「家庭医療センター」を開設しました。
総合診療科というと、診断がつくと、あとの治療は臓器別専門医に「丸投げ」するイメージを持つ方も多い。しかし当院の総合診療科に在籍する医師は日本プライマリ・ケア連合学会認定の家庭医療専門医や日本内科学会の総合内科専門医の資格を持ち、知識・経験共に豊富です。
風邪から外傷、メンタルヘルスに至るまで、幅広い症状・疾患に対応し、初診後も責任をもって継続的に患者さんを診ることができる。そんな医師達が日夜活躍しているのが家庭医療センターです。
症状が複数ある場合、臓器別に専門医が対応すると、患者さんはいくつもの診療科を回ることになり、誰が主治医なのかわからなくなります。当院では、どんな患者さんのどんな相談にも、総合診療医が対応できる体制にし、専門的な治療介入が必要な方に絞って臓器別の診療科に紹介しています。
患者負担が少なくなったのはもちろんですが、専門領域の疾患を集中して診療できると各診療科の医師にも好評です。
現在、総合診療科に在籍する9人の常勤医師が外来診療、訪問診療、病棟診療、予防医療、また淀地域で唯一の24時間対応救急病院として救急診療部門を担っています。
―総合診療医の育成にも力を入れているそうですね。
患者さんを総合的に診療できる医師は全国的にも少なく、当院も医師集めには大変苦労しました。
そこで、医師養成を目的として、浅井東診療所(滋賀県長浜市)、大阪赤十字病院(大阪市)と合同で「関西家庭医療学センター」を設立。2015年に後期研修プログラム「家庭医療学専門医コース」を始動させました。
1年目にへき地に近い浅井東診療所、2年目に1000床規模の大阪赤十字病院、3年目に158床の当院で研修を積むことで、日本プライマリ・ケア連合学会認定の家庭医療専門医の資格が取得できます。現在4人の医師がこのコースで研修しています。
総合診療医といえども、三つの医療機関では役割が全く異なります。例えば、大阪赤十字病院は高度急性期病院ですので、交通事故で運ばれてくる重症患者に1分1秒を争って救命処置を施す。当院では「地域全体を診る」医師として、住民対象の健康教室やウオーキングイベントの講師をしたり、浅井東診療所では末期がんの患者を在宅で静かに看取ったりと役割はさまざまです。
特にへき地医療圏などの限られた医療資源の中でも最善の医療を提供するメソッドを若い医師たちが体得し、"ホンモノ"の総合診療・家庭医療を実践できる一人前の医師に育ってくれることを願って指導しています。
―職員に求めることは。
私は「シェア」という言葉を大事にしています。つまり情報共有。自分が勉強したことを周りと共有してみんなで賢くなっていく。職種ごとに得意な分野を持っていますので、職員には部署間の垣根を越えて教え合い、絶えず学び合ってほしいのです。
最近ですと医師が講師になり、チームワークの作り方や教育技法について看護師さんたちに研修をしました。教え合う作業がチーム医療につながり、自然発生的にさまざまな勉強会が生まれています。
院内で本格的に教育の文化が醸成されたのは2年前。その年は「総合診療元年」、昨年は「教育元年」と1年ごとに異なるテーマを掲げ、そこに職員の意識を向けて取り組みました。
今年のテーマは「クオリティーコントロール(質の改善)」です。医療やサービスの質を底上げ・標準化して、どのスタッフが担当しても一定の質を担保できるようにするのが目的です。
例えば、救急対応では、必要最低限の備品が入ったボックス「救急カート」に入っている薬が、これまでは病棟や部署によって異なっていました。
患者の急変時に迅速に対応できないという課題があったため、家庭医が中心となって救急カート統一に取り組んでいます。
改善活動における成功体験は組織の自信になります。1年後にどういった成果が出るのか非常に楽しみですね。
―金井病院の今後の展開を教えてください。
理事長に就任してこれまでやってきたことはあくまで準備。今後10年が本当の改革です。
軸になりつつある総合診療、家庭医療を今後いかに維持、発展させていくかが鍵になります。
来年度始まる新専門医制度では、新たな基本領域として「総合診療専門医」が誕生します。淀地域でも認知度を上げ、総合診療医がかかりつけ医となるメリットを共通認識として実感してもらい、信頼を得ることが目標です。
さらに、医師だけでなく総合診療・家庭医療のプロといえるような看護師やメディカルスタッフを育てていきたい。技量を極めれば、外来診療のかなりの部分は看護師が担うことができるはずです。
患者さんが診察室に入るまでに看護師によって問診やバイタルサイン測定、トリアージを済ませておくと、家庭医の負担が減り、より多くの患者さんを深く診ることができる。看護師が場を切り盛りし、医師は必要な診察にしっかり集中できる診療体制を構築することが、家庭医療センターの目指す在り方です。
総合診療医・家庭医がチームを組んでゲートキーパーになり、かかりつけ医としての役割を果たすことで、臓器別専門医には各々の専門的な仕事に専念してもらう。役割分担を院内で強化し、同じように医師不足に悩むコミュニティーホスピタル(地域中小病院)のモデルのような存在になっていきたいですね。
医療法人社団 淀さんせん会 金井病院
京都市伏見区淀木津町612-12
TEL:075-631-1215(代表)
http://www.kanaihospital.jp/