九州合同法律事務所 弁護士 小林 洋二
今回の患者は、言語発達遅滞の障害をもつ12歳の少年です。
土曜日の夕方、外から帰ってきたA君には、特に変わったところは見られませんでした。しかし、しばらくすると、くの字になって床に横になったり、苦しそうにおなかを押さえて立ち上がったりし始め、嘔吐(おうと)を数回繰り返しました。
異常を感じたお母さんは、市の設置する休日夜間こども診療所に連れて行きました。診察したB医師は、嘔吐下痢症と診断し、整腸剤及び解熱鎮痛剤と吐き気止めの座薬を処方しました。
ここでAくんの唇のほくろに気づいたB医師は、お母さんに対し、「ポイツイェーガー症候群と言われたことはありませんか」と尋ね、お母さんはこれを肯定しています。具体的なやりとりははっきりしないのですが、カルテには「ポイツイェーガーについてはX病院受診」という記載が残っていました。
診療所から帰宅し、吐き気止めの座薬を入れた後も、A君の嘔吐は続きました。しきりにジュースを求めますが、少し飲んだだけですぐ嘔吐することの繰り返しでした。
ほぼ一睡もできない状態で夜を過ごし、日曜日の朝になるのを待って、両親はA君を当日の在宅医となっていたC病院に連れていきました。
A君は嘔吐下痢症による脱水と診断され、点滴を受けました。点滴中もA君は頻回に嘔吐し、吐き気止めの座薬が挿肛されますが、それでも嘔吐はやみませんでした。
C病院からの帰宅後も嘔吐は続き、午後8時頃、両親は意識朦朧(もうろう)となったA君を、もう一度、こども診療所に連れて行きます。そこで診察したD医師の診断もやはり嘔吐下痢症。しかし、ぐったりしたA君の様子に、2、3日入院して様子を見た方がいいと判断したD医師は、A君のかかりつけであったE病院宛に紹介状を出しました。
午後11時過ぎにE病院に到着したA君は、月曜日の午前1時頃、心停止状態となり、救急搬送された大学病院で、死亡が確認されました。解剖により、ポイツイェーガーポリープを先端とした腸重積の状態となっていたことが判明しました。
この事件では、一般的な処置で嘔吐が止まらないのだから、嘔吐下痢症以外の原因を考えて血液検査などで原因を探るべきだったという点で、C病院の担当医と、こども診療所のD医師の過失が認められました。
それもそうかもしれませんが、わたしとしては、ポイツイェーガー症候群の病歴を聴取したB医師は、腸重積を念頭においた検査をすべきではなかったか、少なくともその可能性を両親に説明しておくべきではなかったかという疑問が残っています。医学生向けの参考書には、ポイツイェーガー症候群はポリープによる腸重積を合併しやすいことが明記されており、医師国家試験では頻出項目とされているのです。
もうひとつ印象的だったのは、A君の両親が、症状として嘔吐以外に腹痛を挙げ、その旨を問診票に明記しているのに、診療に携わった複数の医師がいずれも腹痛の訴えを否定し、腸重積を疑わない理由の一つに挙げたことです。つまり、この事件の背景には、障害児の症状を捉えることの困難さがあると思われます。
障害児の診療にあたる医師としては、生まれた時から子どもを見続けている両親の目を信じて、腹痛があることを前提とした診療を行うべきだったのではないでしょうか。
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