「良き医療人」を育む
―2011年就任です。
この6年、佐賀医科大学(現:佐賀大学医学部)の初代学長、古川哲二先生の建学の精神「良き医療人を育成し、もって医学の発展ならびに地域包括医療の向上に寄与する」に向かって、教室を運営してきました。
「良き医療人」の育成と、包括的・全人的医療の提供、地域医療への貢献の三つが大きな柱。さらに医学の発展のために大切な研究に取り組む人に対しては、十分なチャンスが与えられるようサポートしたい。そう考えて仕事をしています。
古川先生は、東京大学医学部の出身。もともとは外科医でしたが「外科医療の発展に、麻酔医療の進歩は欠かせない」と麻酔科に転向し、私の母校でもある九州大学麻酔科の初代教授となった方です。
1976年には新設されたこの大学に移り、「世界の研究をリードする人材も必要だけれど、われわれに求められているのは赤ひげ先生を育てること。全国のモデルとなるような医学教育のメッカをつくろう」という明確なビジョンを持って、大学運営に携わったのです。
―「良き医療人」の育成のためには。
良き医療人に必要なのは、しっかりとした知識、技術、そしてそれ以上に「人間性」。自分で学び、問題を解決していく力、チームワーク良く仕事を遂行できる能力を持つことが大切です。
当大学では、開学当初から自己学習、問題解決型教育である「PBLチュートリアル教育」が採用されてきました。今でもそれは引き継がれています。
学生は少人数のグループに分かれ、調べたり議論したりしながら、一つの症例や課題への対応を考えていく。教員は議論が進む方向をうまく誘導するのが仕事です。
複雑な麻酔の勉強でも、主体的に学び、ディスカッションすることで知識の整理ができます。さらに、議論の蓄積がコミュニケーション力向上につながります。自分が何をすべきか考え、自分の考えを発言する医師が多い当大学の風土も、この教育法で培われてきたのでしょう。
―「包括医療」「全人的医療」という考えが早くからあったのですね。
患者中心に医療を展開していくべきだという考えが、当初からあったようです。
診療では「1患者1カルテ」という、当時として画期的なことを打ち出していました。「1診療科1カルテ」が当たり前だった時代に、です。
1970年代は、診療科が細分化されつつある時期でもありました。しかし、ここでは総合診療的なアプローチでまず患者を診て、必要であれば専門家に引き継ぐ方式で、診療が進められてきました。
診療科間の垣根が低く、コミュニケーションよく仕事ができるのもここの診療の大きな特徴です。
―研究面では。
医学の発展のためには研究も重要です。
初代の十時忠秀教授、2代目の中島幹夫教授ともに、研究にも力を注いできました。
初代教授はペインクリニックへの造詣が深く、痛みの治療の研究もされていました。今は准教授の先生が引き継いでいます。
2代目教授は、地域医療に関連して、有明海沿岸地域で多く発生する「ビブリオ・バルニフィカス感染症」の研究に取り組んできました。この感染症の撲滅は地域からの要請も強く、成し遂げたいことの一つだと言えます。
しかし今は教室員の数が満ち足りているとは言えません。日々の診療に追われ、研究に十分時間を割くことができない状況です。そこで臨床研究に力を入れています。
―人員不足ということですか。
大学と関連病院を含めると教室員は43 人。かつて籍を置いていた人は144人、ローテーションで短期間研修に来た人は約650人に上ります。しかし、十分かというとまだまだ不足。理想的な仕事ができるレベルには達していません。
麻酔科の医師自体は増えています。麻酔科医の数の伸び率は、どの診療科よりも高いのです。
しかし、その数をもってもニーズに応えられていない。麻酔を必要とする手術の数が増えていますし、ペインクリニックや集中治療の場でも専門医のニーズが高くなっているからです。
今、私たちの教室では若手であっても、ほかに頼る人がいなければ自分で何とかせざるを得ない状況です。自分をマネジメントし、自発的に学び、患者を守るしかない。
そういう状況でがんばり、鍛えられていますから、たくましい麻酔科医が育っている気がします。一人前の麻酔科医になるスピードも速いのです。うちの科の魅力でもあると思います。
―今後、医局員を増やすためには。
医学部5年生時に始まる臨床実習で、麻酔科の臨床の醍醐味(だいごみ)を知ってもらい、手術を受ける患者さんの命を預かる仕事の大変さとやりがいを感じてもらう、ということでしょう。
麻酔科医には人を眠らせ、痛みをとるだけでなく、全身を管理する仕事があります。呼吸を助け、血圧を整え、バイタルの調和を維持する。急変し、そのままでは亡くなってしまうような人の命を救うという仕事もあります。
人の命を自分の手の中に握り管理する仕事を「奥が深い」と思ってくれる同志をつくること。そして彼らに専門教育をしっかりと施し、地域で活躍できる人として育てていくことが肝要です。
さらに、楽しくやりがいある仕事を組織で担ってもらえるようにしたいですね。医局員が「やりたい」という積極的な意思で始めることを、なるべく応援するようにしています。
佐賀大学医学部 麻酔・蘇生学
佐賀市鍋島5-1-1
TEL:0952-31-6511(代表)
http://www.masui.med.saga-u.ac.jp/