外科医療をリードし続ける
全国一の病床数1435床を擁する藤田保健衛生大学附属病院。総合消化器外科の宇山一朗教授は、手術支援ロボット導入などで国内の先駆けとなった人物だ。日本の外科医療をリードしてきた同教授の今の思いを聞いた。
―手術支援ロボット「ダビンチ」による手術に力を入れています。
ダビンチによる手術を「ロボット手術」と言う人もいますが、私自身は、ロボット手術という表現は少し違うかなと考えています。
人間は、細かい作業をしたり、その作業を長時間続けたりすると、手が震えてきます。ダビンチは、コンピューターが介在し、術者の手の震えを補正してくれるのです。
モニターによって細かいところも見えますので、ダビンチを使えば、私も米粒に「宇山」という字が書けますよ。しかし、ダビンチが手の代わりをしてくれるわけではありません。あくまでも手術をするのは、人間です。
ダビンチを使う一番大きなメリットは、合併症が起こりにくいということです。
2009年1月から2012年12月にかけての4年間に当院で実施した胃がん手術658件について、ロボット支援下手術と腹腔鏡下手術で比較する臨床試験をしました。
すると、腹腔鏡下手術の場合、合併症が起こった比率は10%。一方、ダビンチの場合は、2%でした。
合併症が起きないということは、患者さんに優しい手術だということ。この点が最大の良さだと思います。
―なぜ、差が出るのでしょうか。
腹腔鏡下手術の器具とダビンチの器具の違いがあります。
腹腔鏡下手術の器具は、先端が曲がらないので細かい動きが苦手です。一方、ダビンチの器具は先端に関節部分があり、小回りが利きます。
加えて、ダビンチの場合は、術者の手の震えが補正され、絶対ぶれません。スケーリング機能を使えば、術者の手が5mm動いても、中は1mmしか動かないという設定も可能です。
ダビンチは、操作性が高く、精密な作業もしやすい。それが、合併症を減らすことになります。
もちろん、複雑な精密機械ですから、術者が技術を学ぶことは大切です。しかし、腹腔鏡下手術に比べると、ダビンチの方が、短い時間で一定水準までの技術を得ることができます。
―ダビンチの手術の未来は。
現在、日本には260台のダビンチがあります。世界で、100台以上あるのは、アメリカと日本だけ。人口比から考えると日本がトップです。
しかし、現在保険収載されているのは前立腺がんの全摘術と腎がんの腎部分切除のみ。保険収載されていない手術はなかなかできないというのが実状です。
そこで、2014年10月から2017年1月に、手術用ロボットを使った胃切除術の多施設共同臨床試験を実施しました。
われわれが代表施設となり、11施設が参加。第三者による分析を経て、6月末には報告書を出します。それが評価されればロボット支援下による胃がん手術は、診療報酬改定で、保険収載になる可能性があるかもしれません。
外科医として今できることは、ロボット支援下手術の良さを証明すること。臨床試験ができたことで、まずは、スタートラインに立ちました。
他国の動きから考えると、ロボット支援下手術は、今後ますます広がると予想されます。
若い外科医には、そのように先を見据えて、トレーニングをしていってほしいと思います。
―ダビンチ低侵襲手術トレーニングセンターのセンター長でもあります。
ダビンチのメーカー「インテュイティブサージカル合同会社」が、ダビンチの特性や使い方を習得する場として認定したセンターで、現在国内に3カ所あるうちの1カ所です。本学内に、国内で初めて開設されました。
今のところ保険でできる手術は限られていますので、本格的な人材育成の場とは言えないかもしれません。将来的には、胃がん手術などの手術講習会ができる場にしたいと考えています。
―外科医としてこれまでを振り返って。
卒業当時は、開腹手術だけでしたので、40代後半で、ロボットを使った手術を始めるとは想像もしていませんでした。この30年での外科手術の進歩はすごいものです。常に新しいことへの挑戦が続きましたので、やりがいもありました。
31歳の時に「君らの世代の手術だから」と当時の上司に言われて始めたのが、腹腔鏡下手術でした。腹腔鏡下胃全摘手術に初めて取り組んだ時にも止められることはありませんでした。上司に恵まれたことに、感謝しています。
ロボット支援下手術を始めるときは大変でした。忘れもしません。そのころのダビンチは、定価248万ドル。2億5千万円でした。
2008年8月に購入のための交渉をサージカル社とスタート。当時は国内未承認(2009年薬事法承認)だったため、代理店もありませんでした。
世界では2000年からダビンチによる症例が増え続け、日本は遅れをとっていました。「安全性に問題はない」。そう考えた私は、2008年にアメリカでトレーニングを受け、2008年12月に大学は、ダビンチを購入。2009年1月に、胃がんの患者さんに対して、1例目を実施しました。
2006年にダビンチが導入された韓国から経験のある医師に来てもらい、手術に立ち会ってもらうなど、手術には万全の態勢で臨みました。不安がなかったわけではありません。でもその分、念には念を入れて、準備を重ねたつもりです。
国内1例目の手術を受ける患者さんも不安だったと思いますが、快く同意してくださいました。これから始まる「ロボット支援手術時代」の先駆けとして携わることができたことに、満足しています。
―手術にとって大事なことは。
シミュレーションも重要ですが、一番大切なのは道具の正しい使い方を修得することです。手術器具を正しく使えないと、手術は安全にできません。クリエイティブなことをしようとすればするほど、基本が大事だと思います。
―外科医としての夢は。
57歳になりました。今の目標は若い人を育てるということですね。手術が好きだという気持ちに変わりはありませんが、若い人を指導することも重要です。
若い人が「ああいう手術をしたいなあ」と触発される手術ができるよう、これからも努力していきたいですね。
学校法人藤田学園 藤田保健衛生大学 医学部総合消化器外科学講座
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