優しい医療を提供したい
小児がん拠点病院指定、小児救命救急センター開設(ともに2013年)、トランジショナルケア外来開設(2014年)など、九州の小児医療の充実に注力する九州大学医学部小児科学教室。昨年6月に就任した大賀正一教授のもと、新たな医療体制の構築を探っている。
◎ローカルとグローバルの視点から
私が約2年間(2014年4月〜2016年5月)、山口大学にいた関係もあって、中四国から、また希少疾患の場合は全国から患者さんがいらっしゃいます。
病床利用率は、現在約130%。慌ただしくも、新たな気持ちでスタートをきれたと感じています。
九州大学は九州一円から西日本まで、広域の医療をカバーしなければならない立場にあると思っています。例えば当院は、九州・沖縄地区で唯一の小児がん拠点病院です。中四国から九州・沖縄までの大学病院、基幹病院がテレビ会議で結びつき、小児がん診療に関する連携も進んでいます。
小児科らしく、それぞれの専門性を生かしながら、一つの大きな集合体として、広範囲にわたって高度な医療を提供できる体制を築きたいと思っています。
研究面では、主に遺伝子治療、免疫療法・細胞療法の開発に取り組んでいます。臨床応用に向けた基礎研究を進める中で、新しい成果も蓄積されています。
近年、世界的にみても、新しい免疫不全症が次々に発見されています。希少疾患の治療法に関する問い合わせや、セカンドオピニオンも増えていますので、診断から根治までフォローする力を高めることがミッションの一つでしょう。
造血細胞移植のほか、小児外科などとチームを組んで、移植医療も推進しています。
北部九州で新生児医療の中心を担う、当院の総合周産期母子医療センターの機能も強化を図っていくことになるでしょう。
神経疾患の子どもたちの在宅医療についても、細かなケアができるよう、各地域の医療機関とのネットワークを充実させます。レスパイトなども含めて、包括的な視点から検討を重ねていく必要性を強く感じています。
西日本全域というローカルにおける役割。私たちの得意分野である血液、免疫、腫瘍の研究分野を発展させ、オールジャパンとしてグローバルに発信していく役割。この二つの視点から診療、研究、教育のレベルアップに取り組みたいと思います。
◎成人期医療への移行を円滑にサポートする
医療の進歩によって、かつては治療が困難だった先天性心疾患や小児白血病といった疾患の子どもたちを救命できるようになりました。
一方で、治療後も専門的な医療を必要とする子どもたちを十分にケアしていくことが大切です。就職、妊娠・出産といった人生の転機において、どのような選択をすべきか、悩むケースも多くみられます。成長過程において、適切な医療を受けることのできるシステムづくりが望まれています。
そこで、2014年、成人期医療への円滑な移行(トランジショナル)を目的に、国内初の専門外来「トランジショナルケア外来」を開設しました。
「小児科は子どもを診る」という単純な捉え方ではなく、子どもたちが独り立ちできるように、継続的に最適な医療を受けられる仕組みづくりに着手しました。
現在、福岡市立こども病院の患者さんを当院で引き継ぎ、小児科・循環器内科などでケアするといった連携が稼働しています。
トランジショナルケア外来を窓口として、成長段階に合わせて当院・他院の産科や小児外科、内科、心臓外科などと協力して胎児期から成人期まで、一貫性をもって患児とご家族に寄り添っていくのが目的です。
疾患を克服した子どもが母親となって次の世代を育むときには、2世代にわたるトランジションをサポートしていきます。
この活動が一つのモデルとなって、各地にも根付いてほしいと願っています。東京や大阪などの医療機関の専門化が進んだ大都市圏と比べて、私たちは地域で集約化できることが強みです。
一つ一つの取り組みが地域の小児医療システムの整備につながり、しだいに広く、全国に波及していく。そのためには、まずは私たちが結果を出す。その上で、他地域の活動支援という流れをつくっていけたらと考えています。
◎どこまで優しくなれるか
成人科では近年、総合診療の必要性がさけばれています。小児科はというと、もともと「子どもの総合医」です。実は学生時代、私が最も不得手としていたのが、小児科の勉強でした。
病棟での研修で、小児白血病の子どもを担当し、亡くなっていく姿を目の当たりにしました。「どうすれば救えるのだろうか」と考えたのが、小児科を選んだ理由です。正確には、医師を辞めずに続けることができた原点と言うべきかもしれません。
小児科と成人科が大きく違う点は、ダイナミックに成長していく中で子どもたちを診ていくところです。
同じ病名であっても、診療のポイントは異なりますし、治療法も成人とは別の角度からアプローチする必要があります。
そして小児期にしか見ることのない、まれな疾患(周産期感染症、先天性代謝異常症、原発性免疫不全症など)があります。 もう一つ、成人科と違う役割を大学病院の小児科は担っています。余命いくばくもないとき、「故郷に帰って最期を迎えたい」と希望する人は多くいらっしゃいます。しかし、子どもたちの場合は、本人もご家族も、最後まで希望を捨てない。病(やまい)と戦い抜いて、病院で最期を迎えるケースが多いのです。その思いと状況を最大限に支えることのできる「優しい医療」を実践していきたいと思います。
「優しい」と「優秀」は同じ漢字を含みます。それがイコールで結ばれて初めて、医学は力を発揮するに違いありません。最先端の医療を届けるということは、科学をベースにして、どこまで優しくなれるかということだと思います。
私たち小児科医は、次世代を支援していくという大きな使命をいつも感じています。
小児科医は楽しい仕事です。医師と患児という関係の中で元気づけられているのは、きっと私たちのほうだからでしょう。
九州大学大学院医学研究院 成長発達医学分野(小児科)
福岡市東区馬出3-1-1
TEL:092-641-1151(代表)
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