価値観の多様性を受け止める医療を
愛知県北部に位置する豊田市。トヨタ自動車が本社を置く企業城下町として発展。県内2番目となる人口約43万人を抱える中核市だ。
JA愛知厚生連豊田厚生病院は2008年、現在地に新築移転。西三河北部医療圏の基幹病院としての役割を担う同院の取り組みなどについて川口鎮病院長に聞いた。
―テレビドラマに登場しそうな先進的な建物です。
2009年度には、内閣府のバリアフリー・ユニバーサルデザイン優良賞を受賞しました。
建設時、周辺にはほとんど建物もなかったため、駅前に比較的広い敷地を確保できました。おかげで院内の廊下の幅を広くするなど、車いすの患者さんなどに配慮した設計が可能になりました。
移転して10年。周辺の開発が進み、住宅や大型のマンションが次々と建設されました。名古屋市のベッドタウンで、人口も増加していますので、当院に期待される役割も幅広くなっています。
―特徴などを。
戦前、思うように医療を受けられなかった農業従事者が、自分たちの手で病院や診療所を開設したのが、今の厚生連病院の始まりです。当院の前身、加茂病院の仮診療所は1947(昭和22)年に開設されました。
県内に開設された診療所や病院は、1948年、愛知厚生連の事業としてまとめられました。その後の開設や統合を経て、現在は当院を含め、八つの医療機関があります。
医療圏は豊田市とみよし市が中心。豊田市には公立病院がないため、公的病院の役割も担っています。
救命救急センターを中心に、救急や高度急性期に力を入れています。現在、38診療科に常勤医133人がいます。
救急車の年間受け入れ台数は7200台程度。みよし市や日進市など、隣接する地域からの搬送も増えています。
新病院建設時にヘリポートも整備しました。豊田市は市町村合併によってエリアが3倍に広がり、岐阜県、長野県との県境の山間地域も含むようになりました。これらの地域からの搬送に対応するためには、ドクターヘリ、防災ヘリも受け入れられる設備が必要だったからです。県内では愛知医科大に次いで2番目に多い搬送数となっています。
地域中核災害医療センターの指定を受けていることもあり、有事の際に対応できる体制整備に力を入れてきました。消防署との連携も密で、情報交換や受け入れだけでなく、救急救命士の教育にも携わっています。
―災害時の備えは。
この病院は海岸線からは遠く、津波の直接的な影響は特にありません。免震構造で、災害時に多数の患者さんを受け入れられるよう、廊下幅を広くするほか、講義室でも受け入れられるように想定しています。
災害時などには、床に毛布を敷いて、順番を待ったり寝たりすることもあるかもしれません。床に横たわる患者さんが寒さを感じないように、ロビーには床暖房を入れられるよう工夫しています。
昨年の熊本地震を受け、8月には愛知県、東京都など8都県との広域災害訓練もしました。
課題として感じたのは、責任者がいなくても、患者さんの安全を確保できるシステムの必要性でした。休日の夜間に災害が起こり、「責任者がいなくて何もできなかった」では困ります。誰でも一定の対応ができるシステムの整備を進めています。
―日本語が不自由な方への対応は。
豊田市は、ブラジル人など南米の方が多いですね。当院では、20年ほど前からポルトガル語、スペイン語の医療通訳ができる人を配置。現在も3人を雇用しています。
想定される簡単な質問と回答は文書にまとめていますので、通訳者以外の職員でも、それを示しながら応対できます。
ポルトガル語、スペイン語などの問診票もありますし、院内表示も多言語対応にしています。
―運営の課題は。
歴史も長く、地域に密着した病院です。医師、患者それぞれに思い入れがあり、当院以外の病院に転院させる・するという意識になかなかなれずにいました。
しかし、行政などと連携し、最近ようやくほかの医療施設への紹介も進むようになってきました。紹介率、逆紹介率の要件も満たせましたので、来年度には地域医療支援病院の申請をしたいと思います。
今後は、医療機関の機能分化が進む中で、高度先進医療をどの程度まで進めていくのかが課題です。
―アメリカ、オーストラリアなど、海外での臨床経験も長いですね。
国立循環器病センター(大阪府)で技術を学んだ後に、完全植え込み型人工心臓の研究で、世界で有数の実績を誇ったアメリカペンシルバニア州立大学で学びました。
オーストラリアでは、背中の筋肉を使って心臓を強くするという実験と合わせて臨床を行い、4年勤務しました。
いずれの国でも、日本の保険システムとは違って、いかに予算の中で効率よく医療を提供できるかを考えなければなりませんでした。そのような私の経験を、医療への新たな価値観として、若い人に伝えたいと思います。
今、一番大事なのは情報開示。「こういう選択肢があります」と示し「どういう治療をしたいですか。この方法はどうですか」と提案できることです。
医者の思いと患者の思いは、必ずしもすべて一致しません。医療者の独り善がりにならず、患者さんに満足してもらいながら命を助ける方法が一番です。
そのためにも、人間には多様な価値観があることを受け止め、その上で満足していただける医療を提供しなければならないのです。