医療の入口から出口まで
◎救急医療の課題
1958(昭和33)年、シムラ外科医院として開設した当初から、当院は「救急は断らない」を合言葉に、外科系に特化した急性期病院として救急医療を柱としてきました。現在では、特に「外傷症例を断らない」に注力しています。
広島市内では、救急車の出動件数の増加に伴い、患者さんの受け入れ先の選定に時間がかかる「搬送先選定困難例」も増加しています。
そんな状況下で、広島市二次救急輪番制を支える当番病院として365日救急車を受け入れているのは、広島市立広島市民病院と当院だけです。
当院では、広島市内の半径約20km圏内の患者さんを受け入れており、救急車の搬入台数は月間100台以上、年間1200台以上になりますが、応需率は7割に満たず、決して十分とは言えません。
もう一度、市内すべての医療機関の役割分担を見直し、スムーズな救急搬送を行うための仕組みづくりが求められています。広島市、広島市医師会でも解決策を模索し、協議が継続されています。
◎整形外科の充実
当院は、80歳以上の患者さんが約85%を占めています。救急車で搬送されてくる患者さんも高齢者の割合が多く、特に整形外科の患者さんが増加中です。
そこで、3年前に整形外科に村田英明院長代理を迎え、整形外科医療の充実を図ってきました。村田先生の専門は関節や脊椎などの変性疾患です。手術例も急増し、当院での手術の症例数は年間で800例に届こうかという状況です。
また、転倒による骨折や圧迫骨折で搬送されてくる高齢患者さんが増えたことを受けて、昨年、骨粗しょう症外来を開設し、毎週金曜日の診療を始めました。骨粗しょう症の専門家である沖本信和・沖本クリニック理事長(広島県呉市)に担当していただいています。
それに伴い、全身骨のDXA(骨密度測定)装置と骨微細構造の解析機器「HR‐pQCT」を導入しました。「HR‐pQCT」の導入は、長崎大学に次いで国内2番目。2月中旬より臨床使用を開始しました。
これら骨粗しょう症の先端検査機器と専門性の高い診療によって、臨床データを蓄積し、骨粗しょう症予防に関する地域連携医療を充実させたいと考えています。
◎緩和ケア病棟の歩み
消化器外科医としてここに来た1997年以前から、当院の外科医は全員、広島大学腫瘍外科出身者で、広島大学病院で積極的な治療ができなくなった終末期のがん患者さんを数多く受けていました。しかし、当時はがんの患者さんを受け入れるための環境が十分ではありませんでした。
病棟の中にがんの末期の患者さんと整形外科の患者さんが混在しているような状況を解消するために、2004年、緩和ケア病棟を開設しました。
以前は、緩和ケア病棟に紹介されてきた患者さんの中にも、まだ早すぎるかな、と思える方も多くおられました。私は、オンコロジスト(腫瘍・がん治療医)として、治療の適応があると診断し、患者さんが希望されたものであれば、治療もありという考えです。
緩和ケア病棟で内服の抗がん剤を使う病院は他にもありますが、点滴抗がん剤まで使用して、がん治療をしている病院は珍しいと思います。さらに、当院で緩和ケアを担当しているのはすべて外科医なので、必要があれば外科手術も実施しています。
私は、日本緩和医療学会に創設6年後の2002年に入会し、緩和ケア病棟における抗がん剤治療の在り方について発表してきました。ただ、当初は周囲の理解を得ることは困難でした。なぜなら、緩和ケアには「長くしない短くしない(無理な延命は図らないが、死を早めることもしない)」という基本理念があるからです。
その考え方からすると、延命を目的とした抗がん剤治療は理念にそぐわない。その上、抗がん剤治療には副作用が伴います。患者さんが苦しい思いをすることになるので、緩和ケアとは相反するのではないかと懸念されていたのです。
しかし、そのころから新しい制吐剤が開発され、さまざまな副作用対策も進歩しはじめました。副作用の少ない外来化学療法が治療の中心になってきたのです。
抗がん剤が効く患者さんであればQOL(生活の質)もADL(日常生活動作)も向上します。その結果、ご本人は片道切符のつもりで緩和ケア病棟に来られた方が退院されるケースもみられます。
終生の患者の希望にも多用性があり、できる限りそれに応えられる病棟でありたいと考えています。
◎がん告知と国民性
今から10数年前の日本臨床外科学会で「日本人の国民性とがん告知」をテーマにしたシンポジウムがありました。私も演者の一人だったので、以前からよく言われていた①あなたはがんになったら告知を希望しますか②家族ががんになったら告知しますかという二つの質問を広島市在住の外国人にしてみました。
その結果はいずれの質問に対しても、「イエス」と答えた人が約9割という結果でした。彼らは「自分が知りたいのだから、家族に伝えるのは当然だ」という考え方なのです。
ところが、日本人に同じ質問をすると「イエス」という答えは8割と3割程度(現在では9割と5割くらい)。相手の気持ちを思いやり、悲しませたくないという日本人の国民性が反映されているのだと思います。
昔に比べると、がん告知は特別なことではなくなりましたが、医療現場では、いまだに「本人には知らせないでほしい」とおっしゃるご家族が少なくありません。しかし私は、自ら選択をしていただくために、本人は自分の病状について知っておくべきだという考えから、できるだけご家族を説得して告知するようにしています。
日本人の2人に1人ががんになり、そのうち3人に1人が死亡するという時代です。家族が、がんになったらどう対処するか、お互いが元気なうちに家庭内で話し合い、本人の意思を確認しておくことが大切なのです。
広島県の医師会は、2013年度から「終末期医療のあり方検討特別委員会」を設置しました。医療選択に関する本人の意思を反映させることができるように「ACP(アドバンス・ケア・プランニング)の手引き」や「私の心づもり」などのツールを作成し、普及活動に取り組んでいます。
本人の意思が確認できていれば、ご家族も医師も告知や医療選択の場面で悩むことは少なくなります。啓発活動がもっと進んでほしいですね。
当院では、がんの患者さんを治療することも手術することもできるし、看取ることもできる。1人の患者さんを最期まで責任を持って診ることができる環境で仕事ができる私は本当に恵まれていると信じています。