大分市全体をホスピスに
やまおか在宅クリニックは2009年に在宅医療、在宅緩和ケア専門クリニックとして開院。大分市を中心に24時間365日の在宅医療を提供している。
山岡憲夫院長にクリニックでの取り組みや在宅医療のやりがいなどを聞いた。
◎常時200人強の在宅患者を診て
2009年に開院してから現在まで、在宅での看取り人数は950人余。昨年は九州内最多の158人を看取りました。毎週約3人を在宅で看取っています。
当クリニックではがん患者(常時30人)や難病や呼吸不全、心不全などの重症患者さんや終末期の患者さんを多く診ていますので、いつでも訪問診療ができるように外来診療を抑え、在宅専門の診療をしています。
現在、医師2人、看護師8人、事務5人、ドライバー2人の計17人体制で朝の8時半から、1日平均約25件の訪問診療をしています。
また末期がんなどの患者さんの痛みを取り、体とこころをケアする在宅緩和ケアを提供しています。
◎外科から緩和ケアへの転向
長崎大学医学部を卒業後、20年以上、外科診療に携わってきました。大分県立病院の胸部外科部長時代は毎週3例くらいの肺がん手術をしていました。
その頃は多くの外科医同様、手術をして一人でも多くの患者さんを救うことが医師の使命だと感じていました。
しかし手術をすればするほど「完治する患者さん」も増えるのですが、一方で手術後「再発して病院に戻ってくる患者さん」も少なくありません。治療できなくなった患者さんに対して外科医の技術は全く無力なのだと感じていました。
そのような経験を積み重ねるうちに、治せなくなった患者さんに対して真正面から向き合うこと(緩和ケア)も医師の仕事ではないだろうかと考えはじめました。
緩和ケアに興味を持った私は、海外や国内の緩和ケアが有名な三つの病院で研修を受けた後、2004年に独立型ホスピスの大分ゆふみ病院の院長に就任しました。
大分ゆふみ病院では、がん患者さんに最期の時間を過ごしていただくため最善を尽くしていました。しかし、患者さんの中には本心では「自宅に戻りたい」と思っていても、在宅医療の体制が整っていないために我慢して病院にいる患者さんが少なからずいました。
そういう人たちの願いを叶えたいと思い、大分市の中心地に在宅医療・在宅緩和ケア専門クリニックを開院する決断に至ったのです。
開院当初は在宅患者さんが集まるか不安もありました。しかし、1年目から312人の新規患者さんをご紹介していただきました。その後も毎年250人以上の患者さんを紹介して頂いています。「家に帰りたい」と思う人々が多くいることを実感します。
長年、大分県緩和ケア研究会の代表世話人を務めてきたので、「この先生なら自分の患者を任せられる」と病院の先生から信頼していただけたのかもしれませんね。現在では、大分市内のがん拠点病院や一般病院、緩和ケア病棟や他の診療所からも当クリニックに在宅患者さんを紹介していただくシステムができあがっています。
◎訪問看護ステーションとの連携
私は常に「大分市全体をホスピスに」と言っています。しかし、それは一朝一夕にできることではありません。普通の在宅診療所は近所の患者さんだけを診ています。一方、私たちは総合病院などから退院する在宅希望の患者さんを対象にするため、患者さんの自宅は大分市全域に広がっています。当クリニックが大分市のほぼ中心地にあるため、大分市のほぼ全域を訪問診療可能です。
当クリニックは大分市内の25カ所の訪問看護ステーションと連携しています。例えば病院に入院している患者さんが、朝、「今すぐに家に帰りたい」と言ったとします。そうすると、その日の午後には私と、患者さんのご自宅から最も近い訪問看護ステーションの訪問看護師、ケアマネジャー(在宅ケアチーム)などが午後から自宅へ訪問し在宅を開始するシステムが出来上がっています。このため、その日のうちに家に帰ることができます。このように迅速な在宅支援が、病院の先生方やMSW(メディカルソーシャルワーカー)の信頼につながり、また、次の患者さんを紹介して頂けます。
末期がんの患者さんや重症者が「家に帰りたい」と言った場合、「じゃあ来週に」などと悠長なことを言っている時間的余裕はないのです。
在宅医療においては自宅のベッドが病院のベッドの役割を担います。何かあれば電話して頂ければ近くの訪問看護師が短時間でかけつけます。また、その後ろには私が控えています。このようなシステムが確立されているからこそ、多くの患者さんを診られるのです。
◎在宅医療のやりがい
11歳の末期がんのお子さんが家に帰りたいとのことで在宅の依頼がありました。IVHやモルヒネ持続投与、輸血など高度の医療を自宅で行い、最期を看取りました。お母さんから「先生がいてくれたから、最期を家で迎えることができました。本当にありがとうございました」と言われた時には涙がこぼれました。
ある60代の男性は、末期がんになって、本人の強い希望で、ご自宅に戻りました。すると、これまで滅多に帰ってこなかった息子さん、娘さんが頻繁に帰ってくるようになり、「昔の家族に戻ったようだ、今とても幸せだ」と言ったのです。
外科医時代は病気を治すのがやりがいでした。でも今は病気ではなく「人を癒やす」「人の最後の希望を叶える」ことに、やりがいと魅力を強く感じていますね。
◎在宅医療の啓発と推進
最後は家に帰りたいと願う患者さんは4割から5割もいます。しかし、現実は1割程度しか家に帰れません。
政府は高齢者が、住み慣れた街で、人生の最期を迎えられるように地域包括ケアを推進しています。在宅を開始すると、もっと早く、このような在宅のシステムを知っていたら、早く病院から退院したのにと言われたことがあります。一般市民への啓発も大切だと感じました。そこで当クリニックが中心となり、一昨年から県の援助も受け、全県規模で在宅医療推進フォーラムも開催しています。
多くの方が住み慣れた自宅で最期を穏やかに過ごせるように、今後も頑張りたいと思います。