治療の進歩と残る課題
福岡都市圏の消化器医療の中核を担うため、17年にわたり臨床・研究・教育に尽力してきた向坂彰太郎教授。消化器内科領域の現状と展望などを聞いた。
◎肝疾患治療の現状
当科では、肝胆膵と消化管、二つの領域の疾患を診療しています。いずれにおいても、この数年で著しい進歩がみられました。
従来のC型肝炎の主な治療法は、インターフェロン(抗ウイルス薬)を6カ月〜1年半注射するものでした。発熱、倦怠(けんたい)感、食欲不振、脱毛などの強い副作用で苦しい思いをする患者さんも多かったと思います。心臓病や腎臓病などの合併症がある患者さんには、医師が治療を躊躇(ちゅうちょ)するケースも少なくありませんでした。
最近では、3カ月間内服するだけで、95%以上の確率でC型肝炎ウイルスを消すことができる経口薬が普及してきました。この治療法により、副作用の心配なく治療効果が向上し、適用範囲もかなり広がっています。さらに今年の年末ごろには、治療期間が2カ月に短縮される薬剤が発売されると思います。
B型肝炎についても、これまでの薬に加え、ウイルスを抑制できる新薬「テノホビルアラフェナミドフマル酸塩(ベムリディ錠)」が発売されました。現段階ではウイルスを消すことはできませんが、肝機能低下の進行を抑えることができます。
◎進化したラジオ波焼灼術
国内で年間約3万人が死亡しているとされる肝がんに対して、当大学病院ではラジオ波焼灼術を実施しており、症例数は2000例を超えました。腫瘍の中に直径1.5mmほどの電極針を挿入し、電流を流すことで生じる熱で腫瘍を焼き固める治療法です。
本治療の安全性を高めるには、病変の位置やサイズを正確に把握する必要があります。そこで一昨年、CTで撮った画像をエコー(超音波)検査機に読み込ませれば、双方が同期する最新機器を導入しました。エコーだけでは見えなかった血管や胆管の様子もきれいに見えるため、腫瘍に正確に針を刺すことができます。今年1月からは、さらに新しいバージョンの機械を導入し、一層精度が上がりました。
腫瘍の両脇に2本の針を入れて焼く新しい治療法「ノータッチアブレーション」も取り入れています。腫瘍に直接針を刺す方法は、針を抜くときに周囲にがん細胞をまき散らす可能性がありました。しかし、ノータッチアブレーションなら、がんに触れないので、その心配がなく治療できます。主に肝がんと胆管がんの治療が対象で、より多くの症例にこの治療法を用いるようになりました。
◎消化管疾患の内科的治療
早期の食道がん、胃がん、大腸がんなどの治療が内視鏡でできるようになり、消化器内科の平均在院日数は約10日と短くなりました。症例数も開腹手術とほぼ同じか、疾患によっては内視鏡のほうが多いものもあります。
要因には医療技術の向上の他に、早期発見が挙げられます。従来の健康診断でも実施されてきたエックス線透視に内視鏡検査が加わったことで、見落とされていた早期がんが見つかりやすくなりました。理想を言えば、すべての人に内視鏡検査を受けてほしいと思っています。
現在、ポリープのほとんどはEMR(内視鏡粘膜切除術)治療が可能です。早期がんであれば、EMRやESD(内視鏡的粘膜下層はく離術)で治療をするケースも増えました。
EMRは切除の翌日から食事を取れ、入院期間は2泊3日。ESDでも、手術当日に歩いてトイレに行くことができ、3日目には食事も取れます。低侵襲で予後も良く、約2カ月で切除箇所もきれいになります。
職場復帰も早く、術前と同じように仕事ができることは働く世代の患者さんにとって重要です。また、高齢者の開腹下の大手術は術後のQOL(生活の質)の心配があります。内視鏡治療のメリットは大きいでしょう。
今、テレビや新聞などで子宮がんや乳がんが盛んに取り上げられています。しかし、女性のがん疾患で最も死亡率が高いのは大腸がんです。われわれ医師も市民公開講座などでの啓発活動に努めていますが、マスコミでもこうした情報を広く伝えてほしいですし、大腸検査を促進してほしいと思います。
◎国内で増加する炎症性腸疾患
食生活の変化により、欧米に多く見られた炎症性腸疾患「クローン病」や「潰瘍性大腸炎」が国内でも顕著に増加しています。以前は、治療に難渋する症例が多数みられましたが、治療薬が進歩し、多くの症例で活動性を抑えることができるようになりました。
ただ、初期症状が下痢と腹痛のため、長い間、誤診される患者さんが多いという現状があります。普通の下痢は2〜3日で治まりますが、炎症性腸疾患は病気が進行すれば血便を認め、1日に20回以上トイレに行く人もいます。
かかりつけ医で整腸剤を処方されても症状が治まらない場合は、専門性の高い医療機関を受診されることをお勧めします。優れた医師であっても、専門外の領域についてはわからないことも多いのです。国内で約20万人が特定疾患の申請をしていますが、潜在患者数はさらに多いと考えられています。
◎「進歩、課題、そして克服」がテーマ
11月30日(木)〜12月1日(金)、「肝臓病学:進歩、課題、そして克服への道」と題して、第42回日本肝臓学会西部会をヒルトン福岡シーホークで開催します。
近年のC型肝炎治療の進歩によって、世間は肝臓の病気自体がなくなるのでは、という幻想を抱いています。しかし、C型肝炎が完治した人が、がんを発症する確率が高まっています。原因は解明されていませんし、肝がんの治療も、すべての患者さんに対して再発なく完治できているわけではありません。
肝硬変の薬にしても、あくまで腹水などの合併症を治す薬であって、肝硬変そのものを治す薬ではない。肝移植にしても、脳死肝移植を受けることができるのは生体肝移植の10分の1にも満たない年間わずか40人程度です。
NASH(非アルコール性脂肪性肝炎)から肝硬変に進行する原因も解明されていません。B型肝炎の患者もたくさんいるのに、進行を抑える薬のみで、完治させられる薬はなく、一生薬を飲み続けなければならないのです。
こうした未解決の問題について、肝疾患の専門家が集まって再確認し、解決法を探ることが今回のテーマで、約2000人の参加を見込んでいます。
私は日本消化器病学会九州支部の支部長も務めています。九州支部は、全国的にみても医師同士の親交が密であることが強みで、これまでも新しい取り組みにチャレンジしてきました。今学会を機に、今まで実現できなかったことを反省し、未解決の課題解決に向けて進んでいきたいと考えています。