研究を臨床に応用 トランスレーショナルリサーチを実践
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科消化器外科学分野の前身である第一外科講座は1922(大正11)年開講。今年で95年を迎えた。
第9代教授の藤原俊義教授に講座での取り組みを聞いた。
◎テロメスキャン
基礎研究で得た成果を臨床に応用する「トランスレーショナルリサーチ」を実践しています。
私たちはオワンクラゲの緑色蛍光タンパク質(GFP)遺伝子を組み込んだウイルス「テロメスキャン」を用いて、がん細胞を血液から高感度に検出する技術を世界で初めて開発しました。
テロメスキャンを使うことで血液中を流れる極微量のがん細胞(血中循環腫瘍細胞:CTC)を緑色に光らせることができます。それによって、がん細胞のみを捕獲・回収し、分子標的薬の効果を予測するために必要な遺伝子変異を、高感度で検出することが可能となったのです。
これまでCTCの検出には、がん細胞の上皮系マーカーを目印にする方法が使われてきました。しかし転移や浸潤を起こすような、より悪性度の高いがん細胞は、上皮間葉転換(EMT)を起こして上皮系マーカーを失ってしまうため、CTCを検出できませんでした。
テロメスキャンを使えば、EMTを起こしたCTCも捕獲することができ、遺伝子解析も可能です。
現在、岡山大学発のバイオベンチャー企業であるオンコリスバイオファーマと共同で臨床開発を進めています。
◎テロメライシン
診断に用いるのがテロメスキャン。一方「テロメライシン」は私たちが開発した抗がんウイルス製剤です。テロメライシンはアデノウイルスをベースにした腫瘍溶解ウイルスによるがん治療薬です。がん細胞を殺傷するとともに、放射線に対する感受性を増強させる作用があることがわかっています。
現在、食道がんの患者さんを対象に、テロメライシンの内視鏡的腫瘍内投与と放射線治療を併用する臨床研究を進めています。
なぜ食道がんが対象なのか。それは、食道がんの手術が患者さんにとって負担の大きなものになることが多いからです。とは言え、私たちの食道チームは年間100例を超える食道がんの手術の6割以上を鏡視下で実施しています。しかし、高齢者が多くなっている今、鏡視下手術であっても患者さんにとって侵襲が強い場合があるのです。
私たちは、そうした患者さんを救いたいという一心で、食道がんの患者さんを対象とした臨床研究に取り組んでいます。
◎骨肉腫にも効果
当院整形外科の 尾﨑敏文教授との共同研究で、テロメライシンに、骨肉種細胞に対する抗がん剤治療効果を高める作用があることがわかりました。
テロメライシン投与によって、骨肉腫細胞内に転写因子E2F1が増加。それによってマイクロRNA―29が誘導され、これが細胞死を抑制するたんぱく質MCL1の効果を阻害することで、骨肉腫細胞に対する抗がん剤治療のアポトーシス細胞死の誘導効果が増強されるという仕組みです。
ウイルス製剤は直接腫瘍内に投与できるのが特徴です。整形外科領域の骨肉腫など骨軟部腫瘍は体の表面からアクセスでき、ウイルス製剤による治療がしやすいというメリットがあるのです。
◎研究、留学の意義
当講座は若い人がさまざまな可能性を試すことのできる環境が整っていると思います。
教室員は、ほぼ全員、大学院に進学してもらい、研究に従事してもらいます。そして研究で得た考え方、手法を臨床にフィードバックしてもらうのです。
外科系の医師は研究に従事している間、手術手技を向上させることができません。遠回り、無駄な時間だと考える人も少なからずいるでしょう。しかし、研究で身についた論理的な思考法は必ず手術を含む臨床に生かされるのです。
海外留学に興味がある人は快く送り出すようにしています。必ずしも海外の医療が日本より進んでいるとは限りません。日本の方が優れている面も多々あります。しかし海外に留学して、いろいろな文化、人に触れることで視野が広がり、世界のなかでの自分の立ち位置が把握できます。
◎良い循環に
中国四国地方にある基幹病院には、私たちの同門がたくさんいます。それぞれの病院の研修医に同門の先生が教育をしてくれることで、岡山大学の良さが研修医に伝わります。その結果、毎年多くの他大学出身者が当大学院に進学してくれるようになりました。非常にありがたいですね。
ですから、その恩返しのためにもこの教室からそれらの病院に医局員を派遣し、その医局員が研修医に当大学の教育環境を伝えています。そういう良い循環になれば、今後も教室員が増え続けると考えています。
◎2人の恩師
私には2人の恩師がいます。1人は私の先々代、第7代教授の折田薫三先生です。折田先生は私が入局したときの教授です。
折田先生は基礎研究に基づいた免疫療法の臨床応用をしており、多大な影響を受けました。
もう1人は米国テキサス大学MDアンダーソン癌センターに留学していた時のボス、ジャック・ロス先生です。
ロス先生は臨床で手術をするかたわら研究も熱心にされている人でした。先生は、がん抑制遺伝子を使った遺伝子治療をしていました。研究を臨床に応用するという考え方を彼からも学びましたね。
ロス先生は1993年にベンチャー企業を立ち上げ、研究を臨床に応用するための資金を集める取り組みを始めました。それを目のあたりにした私は帰国後、ロス先生を参考にしてベンチャー企業を立ち上げて資金を集めました。ベンチャー企業を設立する発想は先生と出会わなければ決して浮かばなかったと思います。
今でもヒューストンにいる彼のもとを訪問しています。7年前、教授に就任したことを報告したらすごく喜んでくれましたね。
◎視野を広く
若い医師は専門医取得が目標になっています。しかし専門医取得だけでなく大学院進学などを含めたキャリアパスを描いてほしいですね。
大きな夢をもつことは大切です。しかし夢というものは必ずしも叶うとは限りません。それよりも身近な目標を定めて一歩一歩確実に進んでいくことが重要だと思うのです。そうするといつの間にか高みに到達していることでしょう。
視野を広く持つことも必要です。手術方法ひとつをとっても、さまざまなアプローチ方法があります。いろいろな方法を学び、どういう手術がいいかを見つけることが大事なのです。チャレンジ精神を忘れずに多様な経験をして、医師としての自分のスタイルを確立していってもらいたいですね。
岡山大学病院
岡山市北区鹿田町2-5-1
TEL:086-223-7151(代表)
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