新病院誕生から1年もっと患者さんに踏み込んでいきたい
◎本当のスタート
2016年2月に新病院での診療がスタートし、1年がたちました。
大掛かりな引っ越しに加えて、電子カルテの導入もありましたから、職員たちは本当に大変だったと思います。失敗は許されないという重圧の中、目立ったトラブルもなくやり遂げることができ、あらためてみんなの底力を感じました。
この病院には、職員たちのさまざまなアイデアが反映されています。入院患者さんが過ごす3階と4階の東西には、府中の町並みを一望できる広い窓を設けました。「この景色を見るために、もう少し頑張って歩いてみよう」。患者さんのそんな気持ちを後押しできるのではないかという職員の意見を採用したものです。
今、美しい朝日や夕日も眺めることができる窓のそばにはいつも誰かがいます。みなさんに和みを提供する場としても親しまれています。
院内でもっとも力を入れたのが、玄関を入って右手に設置した相談窓口のスペースです。
ここには地域医療連携室、訪問看護ステーション、居宅介護支援事業所、それから府中市の地域包括支援センターのサブセンターが集まっています。ここにお越しいただければ、医療や介護のこと、各種制度のことなど、どのような相談でも解決の手がかりが得られるよう、各分野の専門スタッフが常駐しています。日々多くの方が訪れていますので、とても頼りにしてくださっているようです。
2012年に地方独立行政法人府中市病院機構が誕生してから約5年。時間をかけて準備してきたことが少しずつ実を結びつつあり、「やってよかった」という実感が増しているところです。
今回の移転に伴い最新のMRI、CTが導入され、当院ではこれまで対応できなかった冠動脈の撮影なども可能となりました。
透析の台数も15台から22台になり、手術室についても将来的な拡張性を見すえて広い空間を確保しました。地域のニーズに応えることのできる体制を整えています。
とはいえ、遅れをとっていた部分を補強し、ようやく急性期病院にいくらか追いついてきたというのが正直なところです。地域医療を発展させていくための拠点が出来上がったという段階にすぎません。本当のスタートは、これからという気持ちです。
◎第2期中期計画が進行
4月からは、第2期中期計画が2年目に入ります。一つ目の柱は、地域に向けて、より質の高い医療を確立していくことです。
新病院完成で手術や透析への対応力が高まったほか、救急室も一新されました。
また、2015年にへき地医療拠点病院に指定され、同年より移動診療車による医師のいない地域への巡回診療も積極的に行っています。
二つ目は、経営的に安定し、末長くよい医療を提供できる環境をつくっていくということです。
昨年11月から、新たな事業として地域包括ケア病棟50床の運用を始めたのも、収益を確保するための工夫の一つです。また、ふだんから地域の方々や、診療所の先生方とのコミュニケーションを図り、信頼関係を築くことも心がけています。
年々、紹介によって来院される患者さん、新規の患者さんが増加傾向にあります。数ある選択肢の中から当院を選んでくださっているというのは、新病院になって環境がよくなったというのもありますが、職員一人一人の地道な取り組みが成果として現れているということが大きいと思います。
この地域は高齢化が進み、人口も徐々に減少してはいるものの、ものづくりが盛んで、まだまだ元気な一面もあります。
昔からみそ、家具、鉄鋼などが有名で、ベンチャー精神が根付いている土地柄でもあります。ゆくゆくは、こうした産業とのコラボレーションを探ってみるのも面白いかもしれませんね。
◎患者の背景も診る
世間では地域包括ケアという言葉が広く使われていますが、いまひとつよく分からない言葉だという印象をお持ちの方も多いのではないかと思います。
私自身が考えている地域包括ケアの定義とは、地域に住む人が、どの人も「そこそこに健康で長生きできる」こと。将来に対して安心感を抱けること。病気になったら質の高い医療、質の高い介護が受けられること。
そして人生を閉じるときに、「まずまず幸せな人生だった」とご本人とその家族が感じてもらえるように導いていくのが、地域包括ケアのあり方ではないかと思うのです。
それを実現するためには救急を含めたプライマリ・ケアのさらなる充実が欠かせないでしょう。さらに高齢者に多い慢性期医療と、予防医療をしっかりと進めていくことの3点が大切だと考えています。
私たち医療に従事する者には、ただ病気を診るだけではなく、今後起こりうる病気の可能性はもちろん、生活環境など、患者さんのバックグラウンドにまで踏み込んでいく視点がもっと求められると思います。
よくよく話を聞いてみると、「一人暮らしだったんですね」とか、「その体で奥さまの介護をなさっていたのですね」とか、病気につながる背景が浮かび上がってくることがよくあります。
ですから、生活のことはケアマネジャー、病気のことは医師といった従来の役割分担だけでなく、一人一人がもっと患者さんの全体を見渡せる力を磨かねばなりません。
◎ささやかな感動を
府中地区医師会では、そうした視点を持った人材を育てていこうと、数年前から勉強会が始まりました。病院や介護施設の職員さん、行政の方、さまざまな人が集まっています。
その動きに触発されて、当院も昨年から市民公開講座を実施しています。私の専門が呼吸器ということで、テーマは肺炎です。医師会、歯科医師会、薬剤師会、歯科衛生士会、看護協会、行政など、いろいろな方々と共に、これまで2度開催しました。今年の5月には、3回目を行う予定です。
現在は数百人を収容できる大きめの会場で開いていますが、いずれはもっと小さな規模で、出前授業のような形式で地域ごとに回っていけたらとも考えています。
当院では年に1回、府中市民病院の未来を考える機会として、1時間程度の院長講演会を開いています。医療界が抱えている問題点の解説や、その中での当院の現在地、これから進んでいくべき方向...。病院収支の生々しい話をすることもありますし、「ささやかな感動」を切り口に話したこともあります。
職員が持ってきた花を飾ったり、地域の方々が撮った写真や子どもたちが描いた絵を飾ったり、お誕生日を迎えた入院患者さんにメッセージカードを贈ってみたり。そんな、本当にちょっとした心配りやサプライズが、私のいうささやかな感動です。冷たいイメージを持たれがちな病院だからこそ、癒やしの心やユーモアが地域との絆を深めるのではないでしょうか。
私自身かつては、冷静に一歩引いた目で患者さんに接した方がよいのではないかと考えた時期もありました。しかし、やはり患者さん一人一人に親身になって寄り添うことが目指すべき方向だと、今は確信しています。
地方独立行政法人 府中市病院機構 府中市民病院
広島県府中市鵜飼町555-3
TEL:0847-45-3300
http://shimin.fuchuhp.jp