副作用とコストが課題
高齢社会の呼吸器診療
2015年の日本の高齢化率は、WHO(世界保健機関)の超高齢社会の基準21.0%を大きく超える26.7%。今後、さらに上昇すると予測されている。
高齢化に伴い、さまざまな疾患が増えている今、呼吸器診療を強みとする国立病院機構福岡病院のトップで、呼吸器内科医の岩永知秋院長に、「高齢者と呼吸器疾患」をキーワードに聞いた。
―高齢化で増加する呼吸器疾患は。
一つ目は慢性閉塞性肺疾患(COPD)です。喫煙者の2割程度がかかると言われ、日本人の死因第10位(2015年、15,756人死亡)。多くは60歳以上で発症しています。
高齢になってから発症する人が多い理由は喫煙歴が関係しているからです。短期間の喫煙でCOPDになる人がいないわけではありませんが、何十年も喫煙している人がかかることが多く、高齢者の病気と言えます。
二つ目は肺がんで、50〜70代に多く見られます。高齢化に伴い、がん全体の罹患者数が増加しています。さらにCTの発達によって、かなり早い段階の肺がんも発見できるようになりました。診断率の向上も患者数増加の一因となっています。
三つ目は、肺炎です。日本人の死因の第3位。2015年には国内で12万人余が肺炎によって亡くなりました。特に、高齢に伴う誤嚥(ごえん)性肺炎が多くなっています。
誤嚥には、「顕性誤嚥」と「不顕性誤嚥」があります。顕性誤嚥は、気道に唾液などが入った瞬間にゴホゴホとむせ返るようなもの。一方、不顕性誤嚥は、睡眠中などに無意識のうちに唾液や食物残渣(ざんさ)が気道に入ってしまう誤嚥で、むせたり咳き込んだりしないのが特徴です。
この不顕性誤嚥は高齢者特有の神経反射の鈍化によって起こります。「肺炎は夜つくられる」と言われる理由でもあり、近年大きな問題になっています。
「高齢者」というキーワードでさらに挙げるとすると、肺結核は、患者数自体は減っているものの、65歳以上の高齢者の場合、合併症も重なって死亡率が高くなっているという課題があります。
ぜんそくも、死亡者は年間1500人程度で20年ほど前と比較するとかなり減少しましたが、そのほとんどが高齢者という問題を抱えています。
―高齢者の治療で、注意していることは何でしょう。
1点目は、副作用です。高齢者ほど副作用が起こりやすい。呼吸器疾患の治療をする際に、すでに肝臓や腎臓の機能が低下していることや治療中に低下することがあり、治療を中止する、または薬の量を減らしたり、負担が出ない種類の薬に変更したりするといった、各患者さんに合わせた細かい対応が必要になってきます。
もう1点は、コストの問題です。免疫チェックポイント阻害薬「ニボルマブ(抗PD̶1抗体、商品名:オプジーボ)」が特徴的でしょう。もともと悪性黒色種(メラノーマ)の治療薬として開発され、その後、肺がんにも適用が拡大されました。
使用すれば年間3500万円ほどかかるとされた高額な抗がん剤で、2月から薬価の見直しで半額になったとはいえ、まだまだ高い薬です。腎細胞がんにも保険適用されることになりましたので、使われる範囲が広がれば、今後、さらに価格は下がるでしょう。
ぜんそくには、分子標的治療薬「オマリズマブ(抗IgE抗体、商品名ゾレア)という新薬が出ています。ニボルマブほどではないにせよ、薬価は高額です。
日本は国民皆保険制度です。高価な薬の代金の多くが保険から支払われる形になり、国の社会保障費を圧迫する形になってしまうのです。
オマリズマブに関しては、難治・重症の患者さんに使用することになっており、さらに血清中総IgE濃度によって投与頻度・量も定められています。コストパフォーマンスを考慮した使用ができるようになっているのです。
ニボルマブに関しても、最も効果が出る患者さんを特定するための検査法の開発が進められています。「使ってみなければ効くか効かないかわからない」という状況が変わる日が来ることを願っています。
―医師、呼吸器内科医を志した理由は。
人の役に立つ仕事をしたい、人の役に立つ自分でありたい。そんな気持ちがあって、医師を目指しました。その気になれば、定年もないし、やりたいこともある程度できるという点も魅力的に感じましたね。
あまり手先が器用なタイプではなかったことから、内科系を選びました。その中で呼吸器を選択した理由は、生死に直結する「生命臓器」の一つだったからということがあります。
また、私自身、子どものころからぜんそくがあったのも影響したと思います。小学生のころは、夜に発作を起こし、開業医の先生のところへ連れて行ってもらうこともありました。中学生以降はほとんどなくなりましたが、幼いころの経験も大きかったと思いますね。
―その魅力はどこでしょうか。
病気のすべてを治すことはできなくても、軽くすることはできる。人の役に立っていると実感できる瞬間がある。そこが、やりがいであり、おもしろさだと思います。
若い頃は当直も呼び出しもありましたし、自分の時間を削って仕事をすることも多くありました。それでも、社会の一部にほんの少しでもお役に立てているという充実感があります。
呼吸器の魅力は、がん、感染症、炎症など疾患がバリエーションに富んでいるところ。さらに、気管支でいえば気管支が約20回枝分かれして肺胞に達するという解剖学的な複雑さがあり、まだまだ分からないことがたくさんあるという側面でしょう。
呼吸器内科医は、消化器内科、循環器内科の医師と比べるとまだまだ数が少ないと感じます。がん末期の方も診ますし、人工呼吸管理もあります。汚い、きついなどと敬遠されがちですが、今後、より重要性を増していく大切な診療科だと言えると思います。
私たちの病院にも、医学部の学生や若い医師が実習や派遣で来ます。その際には、一生懸命教育しますし、呼吸器診療の魅力を伝えるようにもしています。
―福岡病院の5年後の姿をどのように描きますか。
当院は総合病院まではいかないものの、呼吸器内科、呼吸器外科、アレルギー科、リウマチ・膠原病内科、循環器内科、心療内科などさまざまな診療科があります。持っている診療科の特性が際立つ形にして、存続をはかっていきたいと考えています。
近年、特に「呼吸器、アレルギー、小児といえば福岡病院」と周囲の医師や住民の方々が評価してくださっています。専門的治療は当院が引き受け、安定したら地域にお返ししていく。病診連携、病病連携を一層強化し、より選ばれる病院になっていきたいと思っています。
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