九州大学病院 石橋 達朗 病院長

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福岡県内病院間の連携で災害時相互支援のネットワークを

【いしばし・たつろう】 福岡県立修猷館高校卒業 1975 九州大学医学部卒業 同眼科学教室入局  1981 九州大学大学院病理学教室修了(医学博士) 同眼科助手 1984 カリフォルニア大学ドヘニー眼研究所留学  1986 九州大学医学部眼科講師 1995 同眼科助教授 2001 同大学院医学研究院眼科学分野教授 2014 九州大学病院長

 熊本地震発生から9カ月が過ぎた。数多くの医師や看護師、医療従事者を派遣し、物資なども支援した九州大学病院で、石橋達朗病院長に同院の対応と災害時への備えなどを聞いた。

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―熊本地震に関わる九州大学病院の対応について聞かせてください。

 私たち国立大学病院には、強固な横のつながりがあります。2008年には全国の国立大学病院が「災害時等における国立大学病院相互支援に関する協定」を結びました。

 さらに、その目的に沿う形で、九州地区の国立大学病院が「災害時等における九州地区国立大学病院相互支援に関する協定」を施行。さらには久留米大学病院、福岡大学病院、産業医科大学病院とも「災害時等における九州地区大学病院相互支援に関する申合せ」を締結しました。

 今回の熊本地震では熊本大学医学部附属病院が被災。教職員は本人や家族が被災している中で、懸命に負傷者の治療などに当たっていました。

 そこで、国立大学附属病院長会議(全国42大学で構成)では協定に基づいた支援を決定。「本震」翌日の4月17日には、同会議常置委員長である山本修一・千葉大学医学部附属病院長から私に「すべての国立大学病院が全力を上げて支援する必要がある。九大病院が支援の窓口に」という電話連絡が入りました。

 そこで4月18日、山本委員長と、大学病院災害支援ネットワーク総幹事大学病院である東京大学医学部附属病院の齊藤延人病院長、そして私の3人の名前で、「熊本大学医学部附属病院への支援について」の第1報を全国の国立大学病院長に出しました。

 ただ、熊大病院からはその一報より前に、当院に支援要請が入ってきました。本震当日にまず求められたのは水と食料。本震の際、熊本市では震度6強の揺れが観測され、水道は断水。熊大病院には井戸水はあったものの、飲み水としての水質が確保できず、水がない、食料がないという状態でした。

 当院には、患者さん約1200人分と職員約200人分の食料と水を各3日分常備しています。本震が起きたのは土曜未明でしたが、休みだった事務職員が出勤し、トラックに積み込んでくれました。

 その後、九州地区の他の大学からも支援のための物資が熊大病院へと運ばれました。4月26日、熊大病院から給食と飲料水確保のめどが立ったなどと連絡が入ったことからいったん終了。その日までに送った物資は、飲料水2万3178L、患者給食1万9218食分、職員食7300食分に上りました。

 物資の支援だけではありません。当院はDMAT(災害派遣医療チーム)として医師5人、看護師9人、業務調整員4人(臨床工学技士2人、事務職員2人)の延べ18人を派遣。

 そのほか医師会や歯科医師会、各職種の団体からの派遣要請を受けて、医師66人、歯科医師24人、歯科衛生士20人、臨床検査技師3人、臨床放射線技師1人が被災地で活動しました。

 本震があった4月16日には救命救急センター内に初期対策本部を設置し、各診療科(病棟)の土日対応を通常の当直医各1人に加えて、救急対応医師各1人を配置する体制とすることを決定。同日から患者さんの受け入れも開始しました。

 想定よりは少なかったものの、最初の1週間は毎日のように小児患者や妊婦が転院搬送されてきました。11月30日現在で外来26人、入院37人(うち1人は別府病院)の患者さんを受け入れ、入院された患者さんはすべて退院されています。

―福岡県の災害拠点病院として、どんな備えを。

 2005年3月20日、福岡県西方沖地震(最大震度6弱)が発生しました。その当時は、まさか福岡で地震が起こるとは思っていませんでしたね。

 あの地震をきっかけに、当院では災害対策マニュアルを大幅に見直し、各病棟単位、職種単位などで事前に作成した時系列の基本的行動プラン「アクションカード」を作成。その後、2009年9月の現病棟・外来診療棟開院の際にも、大幅な改訂をしました。

 当院は1996年12月に福岡県災害拠点病院の指定を受けています。県内の病院としては唯一、大型ヘリコプターが離着陸できるヘリポートを持ち、DMATを配備。現在日本DMAT隊員16人(医師5人、看護師8人、薬剤師1人、臨床工学技士1人、事務職員1人)と福岡県DMAT隊員2人(医師2人)が在籍。2011年3月にあった東日本大震災直後にも、隊員が被災地で医療支援をしています。

 これらの経験を経て、2005年当時よりも災害への心構えができていると思います。私たちは、どんな災害が発生したとしても、この地域の災害医療の中心とならなければなりません。

―災害訓練も重要です。

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 熊本地震後の2016年10月の災害訓練は「警固断層を震源とした震度6強の地震が発生」との想定で実施しました。当院がある東区を含めた福岡市内で多数の傷病者が生じ、近隣医療機関は倒壊の危険性もあるという設定です。

 対策本部への被災状況の報告、アクションカードを参考にした傷病者受け入れ準備、受け入れる傷病者を想定した災害時用検査(生化学・血液・凝固・輸血)や結果報告、画像撮影、輸血オーダーなどをシミュレーション。これは、年に1回の大がかりな訓練ですが、それ以外にも、ほぼ毎月、どこかの部署で災害初動訓練を実施しています。

 当院には、医療安全や災害時の対応が書かれた「ポケットマニュアル」があり、毎年改訂しています。連絡網や負傷者が来たときの対応、救急コール先などがすべて載る、職員みんなが持ち歩いているものです。私たちの病院に新しく入る職員には、必ずこのマニュアルの使い方などをオリエンテーションしています。

 私たちの病院は、医師約1000人、看護師約1300人を含めて職員が約3000人。入院患者は常時1000人ほどいて、外来患者数も毎日3000人を超えます。

 これだけの人がいる中で職員が自分を守り、仲間を守り、患者さんを守るというのは並大抵のことではありません。いざというとき、組織がしっかりと機能するように、体制を整え、訓練を積み重ねています。

―熊本地震を受けて、新たな取り組みは。

 熊本地震後、福岡県病院協会では福岡県内で災害が発生したときの病院間連携について話し合いを始めています。現在は九州大学病院長の私が会長を務め、福岡県内248病院で構成されている団体です。

 これまで国立大学病院は国立大学病院間の支援体制を強めてきました。しかし、国立大学病院は各県に1カ所程度しかありません。そこが被災してしまった時、周囲とどう連携して動くのかということが、非常に重要です。

 例えば、福岡赤十字病院には日赤病院間の災害時相互支援があると思います。しかし、当院と福岡赤十字病院の間には、医師の派遣などはあるものの、災害時の協力や相互支援といったつながりは、ありませんでした。

 福岡県で震災が起きた場合、その時に大きな被害が出た地域がどこかによって、中心となって医療活動をする地区が変わるでしょう。いずれにせよ、県内の四つの大学病院がその医療活動の拠点になると思います。

 複雑で、なかなか難しい面もありますが、まずディスカッションのテーブルについたことに意味があります。福岡県病院協会には福岡県医師会の役員もいますので、県医師会や福岡県も巻き込みながら、災害時相互支援のネットワークを作っていけたらと思っています。

九州大学病院
福岡市東区馬出3-1-1
TEL:092-641-1151(代表)
http://www.hosp.kyushu-u.ac.jp

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