ていねいに、懸命に生きて日々を積み重ねること。「終わり」を悟った人間は「いまを生きる」ことに立ち戻るようだ。
「肝転移を伴う根治が難しい進行がん。治療をしなければ余命半年」
金沢赤十字病院の副院長であり、大腸がんを専門にする西村元一医師は、昨年の3月25日、後輩の医師からそう宣告される。
本書は、自身の専門である外科的治療に加えて抗がん剤を組み合わせた集学的治療で立ち向かった闘病の日々の記録だ。
医師としてのキャリアも終盤にさしかかった57歳の西村医師。定年後の生活に思いをはせ、当然のように、明日もあさっても、そして10年後も、健康な日々が続いていくと信じていた。
文中に何度も出てくる「if」の文字は、「もっと早くがん検診を受けていたら」という戒めだ。いわく、「医師はがんを他人事ととらえがち」で、患者に検診を勧めつつ、当人は一度も検査を受けていないこともままあるという。
闘病記の体裁をとりつつも、本書は医師だからこそ見えてきた、「医療と患者のすれちがい」も率直に描かれる。
〈初めて知る、抗がん剤の副作用〉の章では、主に味覚障害についてリアルな描写が続く。普通の水や好きだったお茶でさえ「まずい」と感じるつらさは、患者になって初めてわかることだ。
「薬剤が当該者にとって本当に有用か確認することも、医療者の仕事として重要」。当然のような気づきも、患者の立場から発信された言葉だからこそ説得力を持つ。
治療法の選択についても、医療者側の事情で判断されていないか、と問いかける。「どんな治療であろうと、効けばそれでいい。患者に次はない、今しかないんだ」と心情を吐露する。
〈今まで僕がやってきたこと〉の章や、妻へあてた〈お母さんへ〉の項など、本書は西村医師の、ある覚悟が感じられる記述も多い。読まない本や集めた趣味の品は「断捨離」したという。
がん宣告されてからは常に「終わり」を意識するようになったという西村医師。宣告から1年半以上が経過した現在は、講演活動を中心に、がん患者を支援する施設、金沢マギーズの実現にむけた活動を続けている。(大山=本紙副編集長)