最先端の移植医療を県民に提供する 腎不全患者の生存率QOLの向上を目指して
2009年に、長崎大学 大学院泌尿器科学分野の第4代教授に就任した酒井英樹教授。教室運営の目標として、①泌尿器がん(前立腺がん・腎がん・膀胱がんなど)の死亡者数減、②腎不全患者の生存率とQOL(生活の質)向上、③高齢者に多い排尿障害の治療・管理と女性の尿失禁、骨盤臓器脱に対する低侵襲治療の推進の3項目に重点を置いている。
泌尿器科学の進歩と地域医療の充実に貢献し、優秀な泌尿器科医を育成したい、と語る酒井教授。最新の移植事情を聞いた。
ーがん治療や、腎移植をはじめとする腎不全治療、排尿障害治療、さらに小児先天性疾患の外科的治療など、さまざまな分野を扱っています。
本学泌尿器科は、今年6月に肝腎同時移植を初めて行いました。
福井県の施設から脳死下での臓器提供を受けたもので、レシピエント(移植を受ける患者)は長崎県内の1型糖尿病の方でした。この方は肝不全と腎不全をお持ちでしたので肝臓と腎臓を同時に移植しています。
肝腎同時移植は九州でも初、国内では7例目にあたります。つい最近、当院の移植・消化器外科が膵臓移植可能施設に認定されましたので、今後は肝腎に加えて膵腎同時移植もできるようになると思います。
これまでは膵臓移植をすることができなかったので、たとえば本院で脳死のドナーが出た場合でもほかの県の施設で膵腎同時移植を行っていました。これからは逆に、ほかの施設から臓器提供を受けることも増えてくるでしょう。
さらに、大学としても多臓器不全の患者さんに対する臓器移植手術を推進していくことになりますので、われわれ泌尿器科も研さんを重ねて臓器移植を発展させたいと考えています。
腎臓移植のことについていえば、現在は非常にハイリスクな患者さんへの移植が可能になりました。たとえば、ABO不適合手術です。
以前はABOの血液型が一致しないと、そもそも移植手術をすることができませんでしたが、免疫抑制療法の発展のおかげで、いまでは血液型が適合していない患者さんへの腎移植も可能になりました。
そういったことが影響して、いまでは夫婦間の腎臓移植が増えていますね。比較的高齢のご夫婦の間で臓器提供されることが多くなり、本院における腎移植手術の約半数がABO不適合手術になりました。
提供者の幅が広がるという意味では良いニュースです。ただし、これは生体腎移植ですから、基本的には献腎移植を増やしていきたいというのが第一希望であることに変わりはありません。
さらに、臓器提供が少ないため、腎移植を待機している患者さんが高齢化しています。高齢者の移植のような、以前だと移植が難しい、あるいは治療成績が悪いだろうというケースを安全な移植手術にすることが当面の目標になると思います。
ー教授就任にあたって「腎不全患者さんの生存率とQOLの向上を目指す」と抱負を述べられました。これは腎移植を推進するという決意表明でしょうか。
透析医療をさらに良いものにするということも必要ですが、泌尿器科としては腎移植をもっと普及したいという思いが強くあります。
他臓器の移植でもいえることですが、日本においては臓器提供者の数が非常に少ないですね。われわれとしては、脳死からの臓器提供が増えていくことを期待しています。
長崎県は国内でも人口あたりの臓器提供者数は上位に入ります。大学や県を中心とした啓発活動が進んでいることも背景にあると思います。
ー泌尿器科はいわゆる「マイナー」科ですが、海外では人気科のひとつであり、総合的に患者さんを治療することができる将来性のある診療科だといわれています。泌尿器科を志望する研修医も増えていますね。
そういった傾向の原因として、ひとつはやはりダビンチに代表されるロボット支援手術が学生にとって魅力的であり、非常にインパクトがあったということがあげられるでしょう。
また、腎臓、膀胱、前立腺などのがんの治療も行いますが、副腎内分泌疾患に対する腹腔鏡手術や腎移植などの幅広い領域の外科治療を行いますので、扱う領域が広いことが興味をひくのでしょう。
排尿機能障害の治療も高齢社会においては非常に重要ですので、幅広い領域の診療を担っているところは学生にとって魅力なのかもしれません。
ー移植のほかに、今後取り組まれる領域はありますか。
ひとつはがんの領域です。がんは手術や放射線治療、化学療法などさまざまな手段で治療しますが、いま教室としてとくに力を入れて取り組んでいるのは機能温存治療です。
たとえば前立腺がんであれば、ロボット支援手術で神経を温存し、排尿機能や性機能を維持します。
さらに、腎がんについても正常な腎臓と機能を温存するために、ロボット支援手術を用いた腎部分切除を今年11月から開始します。
膀胱がんに関しては、筋層まで浸潤している場合は膀胱全摘が標準的治療法ですが、われわれの教室ではかなり前から膀胱を温存する治療も行っています。
これは、抗がん剤を動脈内に注入することで全摘せずに温存する治療法で、さらに放射線療法を併用するとより治療成績が良いという結果も発表しています。
膀胱全摘を望まない方、温存を希望する患者さんに対しては膀胱温存療法も選択肢のひとつとして重要になるでしょう。