一般財団法人 日本尊厳死協会 理事 白井 正夫
いずれ認知症かと構えているわけではない。それでもわが本棚の特等席(中段の中央)に『アルツハイマー』が分厚い背表紙を見せているから、やはり意識するものがあるのだろう。
「~その生涯とアルツハイマー病発見の軌跡」の副題をもつ1 冊の本(コンラート&ウルリケ・マウラー共著、保健同人社、2004年刊)は、こんにち認知症の半数以上を占めるアルツハイマー病を発見し、病名にその名を残したドイツ人精神科医の伝記である。
ドイツのフランクフルト市立精神病院のアロイス・アルツハイマー医師(1864~1915)が後にアルツハイマー病の世界第1号患者となるアウグステ・D夫人を診察したのは1901年。51歳の女性患者には、当時関心をもたれていた老年痴呆とは少し異なる症状があった。
彼女の死後、「顕微鏡を抱えた精神科医」と呼ばれた彼は脳組織を観察し、特有な病変(老人斑など)をスケッチした。「アルツハイマー病」の概念と疾病名が医学教科書で記されたのはようやく1910年。「特殊で珍しい病気」でなくなるにはなお八十数年を要した。
アルツハイマー病 第1号患者の記録
本書を取り上げたのは掲載されているアウグステ・D夫人の写真(1902年撮影)が私の視線を離さないからである。
白い病院服姿の彼女は、少し曲げた膝のうえに両指を組み合わせてもの思いにふけっているように見える。精神が崩壊した後にも残った悲しみが見る者に突き刺さってくる。
彼女のカルテと観察記録はフランクフルト大学病院の地下書庫に眠っていた。その存在すら疑問視されたこともあるアルツハイマー病の「最初の患者」の記録が著者の1人により発見されたのは1995年。幾多の戦火を免れて百年近く眠っていたのだ。
さて、2025年には高齢者人口はピークを迎え3500万人、独居高齢者は680万世帯、認知症高齢者は800万人と予測されている。これら膨大な数字は「多くの高齢者が亡くなる」ことを示しており、高齢者がどこで、どのように亡くなるかの問題を、否応なく投げかけている。
"認知症時代"と共に LWの在り方に一石
このうち「認知症者の急増」は、個人の自発的な意思によるリビングウイル(LW)を発行する日本尊厳死協会も無縁ではいられない。認知症高齢者は有病率から推計462万人、さらに軽度認知障害の予備軍が400万人とされる時代にあるのだ。
たとえば、協会会員が認知症を発症して意思能力が減退した場合、LWで示した意思はどう守られるのか。医療代理人制度がないわが国では、LW作成者の「最善の利益」を守る仕組みが求められる。
協会は2015年、外部有識者を交えた検討会で、これからの時代に合ったLWを検討し、提言した。その1項目に「将来の認知症発症など意思能力減退・喪失に対応できるようなLWにする必要がある」がある。LWの法制化をにらみながら、協会は「尊厳死の宣言書」改定を視野に入れている。
アルツハイマーが自分の名前を付けた病気は100年を経たいま、「特殊な珍しい病気」でなくなった。わが国でいえば、終末期医療でもまた「"認知症800万人時代"とともにある」社会をと願っている。
一般財団法人 日本尊厳死協会
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