最先端でニーズに応える
県立のがん専門病院として、国内でもっとも長い歴史がある愛知県がんセンター。開院翌年の1965(昭和40)年には167人だった同センターの乳がん患者数は、2008年に400人を突破。ここ数年は500人前後で推移している。
日本の乳がん治療をリードする、同センター中央病院副院長で乳腺科部の岩田広治部長に、乳がん診療と人材育成について聞いた。
すべての治療方法で世界の最先端に
乳がんの治療は、手術と薬物療法、放射線治療の三本の柱で成り立っています。私たちは、そのすべての治療方法で日本、そして世界の最先端である努力をしています。もちろん、治療だけではありません。前提として、迅速で、正しい診断も求められています。
私たちは、乳がん診療のプロフェッショナルでなければなりません。特に薬物療法では、がんのタイプや患者さんの生活に合う、さまざまな選択肢を提示する必要があります。ですから「われわれ医師はソムリエのような素質を持つべきだ」と思っていますし、いろいろな場面で、そう話しています。
患者の選択を支える丁寧な説明
治療において、患者さんの意思が尊重されるべきなのは当然です。でも、医療の知識がまったくない患者さんに「AとBとCの治療があります。どれがいいですか」と丸投げしても、それでは選びようがありませんよね。
ですから、それぞれの治療法を比較しながら、それぞれの良い面、悪い面をきちんと説明し、その上で「どれを選ばれますか」と問うべきです。
そのとき、どの方法を選ぶかは患者さん次第。たとえ、標準的な方法以外を患者さんが選択したとしても、それはご本人の意思です。われわれ医師の考え方で、画一的に「これが良い」と当てはめるのは、無理があるのではないでしょうか。
乳房を温存するのか、全適して再建するのかということにしても同様です。温存ができるケースでも、乳房が大きく変形してしまう場合には、「乳房をすべて取って再建する方法もありますが、どうですか」と話をします。
再建のメリット、デメリットをお話しして、判断は、患者さんの価値観にゆだねる。われわれは、そのニーズにいかに応えるか、応えられる手段を、高いレベルで持っているかということが、大事なのだと思います。
昔は、がんの摘出と同時に乳房をつくって再建するということは、形成外科医も少なかったですし、お金の問題もあってできませんでした。今はインプラントによる乳房再建術が保険適用になりました。当院の形成外科にも、再建のプロフェッショナルがいます。
よく考えより良い医療を目指す
人材の育成が大変重要だと思っています。常にレジデントの先生に来ていただき、乳腺の診療を一人前にできるようにして送り出す。それが大事な役割の一つだと考えています。
若手医師へのメッセージは「小さくなるな、夢を持て。よく考えろ」でしょうか。
患者さんに起きているいろいろな現象について頭の中で整理して、理解することが大事です。乳がんでいえば、「なぜ転移するのか」「どうやって転移したのか」と。今の学生やレジデントは、考えることが苦手だと思いますね。学生のときに何も考えていなかった私が言うのも、何なのですけれど。
例えば、今では標準治療となったセンチネルリンパ節生検も、「考える」ことがなかったら、生まれませんでした。
かつては乳がんであれば、わきのリンパをすべて取るのが基準。それによって、腕がむくむなど、いろいろな後遺症が残っても、それが当然だと思ってやってきました。リンパを残して後遺症が出なかったとしても、がんが残ってしまうようでは困るからです。
でも、がんが残らないようにしながら、わきのリンパをすべて取らずに済む、そんな方法があったら...。そう考えることで編み出されたのが、リンパの転移のメカニズムを利用して、転移の有無を診断する、センチネルリンパ節生検なのです。
患者さんに起きている不都合の改善と、生存率、再発率の維持・向上を両立させながら、よりよい医療を目指す。「再発=治らない」という現状がある「がん」を治すためにどうしたらいいのか、を考える。そういうことを、若い人には突き詰めていってほしいですね。
医師も組織貢献の視点を
若い医師を見ていると医者という職業を特別視して、社会人として至極当然な、組織の中での自己評価ができていない人が多いと感じますね。自分が働いている病院を少しでも良くするためには、何をしたらいいのか、自分は、この組織にどういう貢献ができるのか、を主体的に考え、言えるようになってほしいと思います。
乳腺外科の若手によく言うのは、「技術だけなら学問は必要ない。大学医学部に6年も行った人間が手術をしている意味をよく考えなさい」ということ。それを考えればおのずと、われわれが身に着けるべきことがわかってくるはずです。
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