伝統を受け継ぎ、地域の整形外科医療を担う
◆玉造病院の特徴と地域における役割
1945(昭和20)年の開設当初から70年超、一貫して整形外科に特化した病院として運営してきました。当時は中国四国地方に整形外科を名乗る施設がなかった時代です。初代院長の卓越した診療技術とその治療成績が評判を呼び、山陰地方だけでなく、遠くは四国からも患者が来ていたということです。
現在でもその伝統は受け継がれており、広い地域から整形外科の関節手術や脊椎手術を受ける患者さんが来院されます。昨年の当院の退院患者統計では退院患者の50%が松江圏域外からの患者さんでした。この地域では「整形外科なら玉造」といった〝老舗の名声〞があり、近隣の県からも患者さんに来ていただいています。
当院は救急告示病院ですが、複数科の管理が必要な救急疾患を受け入れることは難しく、対象疾患は限られます。松江圏域の多くの救急疾患は市内の三つの総合病院に運ばれることが多く、当院では急性期を過ぎた脳卒中パス、大腿部頸部骨折パス、脊椎圧迫パスなどを利用して急性期病院から患者を引き受けて病病連携を図っています。
◆新任院長として
経営に関しては素人の、一介の臨床医が院長になり、急に経営を任せられてもしょせん無理だと思っています。
ある研修会で言われた「院長には決める力と聞く力が必要で、反対意見もよく聞いて理解しなさい」という言葉が印象に残りました。決められないなら院長になるなということが主ですが、聞く力も大事だということです。周りのスタッフの意見を聞きながら決して背伸びせず、自分なりの考えをまとめて院長としての改善案が提案できればと思っています。
医師の確保は最重要課題です。現在常勤医師が整形外科12人を含めて22人いますが、60歳以上が7人と高齢化が目立ちます。地方都市では勤務医が高齢化し、若手医師が少なくなっており、病院勤務医の地域偏在が問題となっています。この松江でも例外ではありません。もちろん整形外科医の充足は最も大事ですが、今年度から副院長を麻酔科、内科の先生にお願いしたので、もう少し内科のスタッフを増やして、内科を充実させたいと考えています。
◆高齢者医療について
超高齢社会を迎えて、最近話題になっているのは、団塊の世代が後期高齢者になる2025年問題、それに伴う年金、医療、介護にかかる社会医療費の高騰と地域医療構想、地域包括ケアシステムと在宅医療などがあります。これらはもちろん大事な話で、当院でもしっかり対応しなければならない事項ですが、整形外科医の立場から高齢者医療についてお話しします。
整形外科は運動器を扱う診療科で、生命を救う医療より生活の質(QOL)を高める医療を主としています。
運動器疾患は直接生命に関わる疾患ではないので軽視されがちですが、放置していると自立した生活が困難となり、要介護、要支援の状態となって、ゆくゆくは社会医療費高騰の一因ともなります。
たとえば加齢を基盤とした変形性膝関節症は、ある調査では国内に2530万人、骨粗しょう症は1710万人いるとも言われています。これらの疾患を治療することは健康寿命を延ばすだけでなく、費用対効果の面からいえば、医療費削減効果があると考えられ、整形外科は高齢者医療に欠かせない診療科です。
当院の入院患者の多くは慢性期の変性疾患の手術患者ですが、整形外科で手術対象となる患者さんの多くは持病も少なく元気な方です。「若い人の世話になりたくない」「いつまでも自立した生活を送りたい」と考えている人たちです。
昨年の当院の退院統計では75歳以上の後期高齢者の割合は38・3%であり、これは毎年少しずつですが伸びてきています。脊椎・関節疾患の入院患者に関しては多くが手術患者ですが、75歳以上は脊椎疾患が35%、関節疾患が50・4%を占めています。これは元気なお年寄りが多いということです。
◆医師としての歩み
私の父は岡山県の田舎町の内科の開業医で、物心ついたころから医者になるのかなと思っていました。進学した高校の同級生にも多くの医学部希望者がいて、特に深く考えることなく医学部に進学しました。医学部に入ってからはボート部に入部し、4回生の時に腰椎間板ヘルニアを患って倉敷中央病院に入院したことで整形外科に興味を持ちました。その経験が整形外科を志した動機だったと思います。
整形外科の診療領域はとても広く、体全体の体積で占める割合からいえば、ほぼ半分です。医局入局当時、教授から「京大整形外科の関連病院は西日本全体にあって、それぞれの病院がその地域の整形外科を常にリードしてゆく立場にあるので、整形外科のすべての領域をしっかり身につけなさい」と言われたことを思い出します。
昨今の整形外科の中での専門分野化は著しく、現在の医療の進歩から言えば、ひとりで整形外科疾患すべてに対処することは無理かもしれませんが、すべての分野を一通り経験することは大事だと思います。そのためには卒後教育が重要です。そういった意味で若いうちから病院を選べる新臨床研修制度は成功したと思いますが、医師が都会に集中して勤務医の地域偏在現象を生み、地方には若い勤務医が少なくなってきています。また新たに始まる新専門医制度は、この現象に拍車をかけるのではないかと懸念されています。
当院を含めた松江近隣の病院でも勤務医不足が顕著となっており、行政面での対応が必要ではないかと考えています。それと同時に地方の病院も努力が必要です。新専門医制度では、当院もいくつかの基幹施設病院の連携施設として登録していますが、ここでの研修が終わった後で、またこの病院で仕事をしたいと思ってもらえるような魅力ある病院にしなければならないと考えています。
◆医学生に向けて
最近、総合診療医が注目を浴びています。広い範囲をしっかり診療できる医師は社会に必要であり、それらを身に付けた医師はどこに住んでも生きていけます。マスコミなどで紹介されるスーパードクターの多くは天才肌で、一つの分野にのみ秀でたスペシャリストです。最初からスーパードクターを目指すのではなく、広い知識を持って対応できる医師になって、その後、何か一つでも人に負けない技術を持った医師になってくれればいいと思っています。