世界トップレベルの医療を目指して
広島大学腫瘍外科は「超一流の向こう側」を目標に日本の腫瘍外科領域のオピニオンリーダーとして、常に最新の情報を世界に向けて発信し続けている。
胸腔鏡手術の名医として知られる岡田守人教授に教室の今後や若い医師へのメッセージを聞いた。
■世界で活躍する医師に
43歳のときに教授に就任、今年で10年目です。教室の特徴はメンバーが若く、自由な雰囲気があることでしょうか。
研修医でも私に意見が言えるような雰囲気づくりをしています。また切磋琢磨(せっさたくま)しながらお互いを高めていこうという気風にあふれています。
手術レベルは日本トップを目指してやっていますし、研究成果を論文や学会発表を通じて世界に発信しています。
診療レベルも「超一流の向こう側」に目標を設定しています。中四国だけでなく、関東、関西、九州など全国各地から患者さんが来ますし、TBSテレビ「これが世界のスーパードクター」をはじめ、多くのマスコミにも取り上げていただきました。
これから医師を目指す人には目標を高く、世界を目指してもらいたいですね。国内だけに目を向けて小さくまとまってしまわずに、世界で活躍するような外科医を目指してほしい。当教室には、そのお手伝いができる教育体制が整っていると思います。
■日々の努力を怠らず
医師、特に外科医は人間に傷をつけることが許される唯一の職業です。患者さんに痛い思いをさせるわけですから、それに見合うメリットを提供しなければならず、責任は重大です。
未熟な技術で患者さんの治療、特に手術はできないのは当然です。自分に負荷をかけ、努力を続けなければなりません。
私自身もまだまだ努力が足りないと感じていて、53歳になる現在でも発展途上です。進化する医療技術に置いていかれないようにしなければなりません。
■外科医不足
外科医不足が深刻ですが、学生のポリクリと話をすると外科の希望者は結構いるんです。
しかし研修で外科の過酷な現場を目の当たりにし、敬遠してしまうようになるのです。
でも逆に言えば漠然としたイメージやあこがれで外科に入ってくるわけではなく、現実をよく分かったうえで入ってくるのでモチベーションが高い人が多いように感じますね。その人たちを立派な外科医に育てていくことが私の役割です。
これからは外科医を増やすために外科の魅力を世間に伝えていかなければなりません。
■生まれ変わっても外科医に
幼いころから人の命を救える、社会に貢献できる仕事に就きたいと考えていました。外科医は自らの手で患者さんを救うことができます。生死に関わる疾患に対し、ダイレクトにサポートできることに魅力を感じ、外科医になりました。
生まれ変わっても外科医になりたいと思います。手術をやっているときは一番楽しい時間です。娯楽より手術をしている時間が何よりも充実しているのです。体内にエネルギーが満ち、脳内にアドレナリンが出ていることを感じられる、人生で最も充実した時間だと思います。
■患者さんからの手紙
数年前、手術後5年を経過した患者さんから一通の手紙を頂きました。
この患者さんは肺がんでリンパ節転移が認められていて、限りなくステージⅢBに近いステージⅢA。ガイドラインでは手術不能に分類されました。しかし、根治的な放射線化学療法で腫瘍も肥大したリンパ節も縮小したので手術に踏み切ったのです。
5年生存率はとても低いと推測されましたが、遠隔転移を示すステージⅣではないので、可能性はあると思いました。
患者さんの元気な姿をみると医師になって良かったとつくづく感じます。論理的にその治療の有効性を示す「サイエンス」と手術の巧みさである「アート」の両方を追い求めた結果だと思います。
■留学のすすめ
1999年、医師である妻とニューヨークに留学しました。私は3年ほどで帰国。妻は現在ニューヨークメモリアルスローンケタリングがんセンターに勤務していて私は15年近く日本で単身赴任生活をしています。
ニューヨークに行ったときは、まだ長女が3歳、次女が10カ月でしたが、今ではすっかり大人になりました。国籍こそ日本ですが、物の考え方などは、まるでアメリカ人のようですね。
海外留学は視野を広げる意味でもいいし、日本の医療システムと全く異なるシステムを学ぶ意義は大きいと思います。医学教育をするうえでも海外のシステムは参考になるので、ぜひ留学には行くべきだと思います。
当教室からも3人を海外留学に行かせています。これだけ外科医が不足しているのに3人も行かせている教室は全国でも少ないと思いますよ。