若手のパワーを信じて日々挑戦を
当院は1888(明治21)年に豊橋慈善病院として創設され、1951(昭和26)年に今の病院名に改称、1996(平成8)年に現在地に新築移転しました。
―院長になって4カ月。今思うことは。
初めて経営のことを真剣に考えるようになりました。副院長のときは与えられた領域のところだけ見ていればよかったのですが、今は全体の収支や細かい数字に最も関心があるような状況です。そこが、私の意識が大きく変わったところです。
長く外科医をやっていましたから、手術に関わることは比較的理解していますが、院長になるとあらゆる案件が私のところに集まり、ああこれが院長の仕事なのかと思うことがたびたびあります。
―方向性を現場にどう示していますか。
若手のパワーを信じてどんどんやらせてほしいと職員には言っています。
そうしなければ現場が保守的になったり、自分たちの身を守ったりするようなことしか考えず、チャレンジ精神が失われます。私自身が若いころにいろいろ挑戦させてもらいましたので、若手にチャンスを与えてほしい。若い職員の表情が変化してくることを期待しているところです。
医師は新しい技術や知識を常に学んでいきますが、その医師を支える看護師やメディカルスタッフについても、チーム医療の一員として成長の場をつくってほしいですね。
―放射線治療棟の新築工事が始まっています。
放射線治療棟は、従来別の場所にあった設備が老朽化したため、新築移転するもので、今秋に完成します。がん診療連携拠点病院にふさわしい最新鋭のPETや患者さんの体にやさしい強度変調放射線治療の設備を導入し、2階には研修医や若い看護師などの実地トレーニングのためにスキルスラボ(各種シミュレーターなどを使って医療技術の習得を図るための施設)も設け、研修教育を充実させます。
―2016年度自治体立優良病院表彰を受けました。
全職員の努力で経営収支が5年間連続黒字だったことや地域医療支援病院としての運営が評価されました。全国で12病院が表彰され、県内では当院が唯一の受彰です。
―果たしている役割は。
東三河で唯一の三次救急病院であること、2014年度からは、これも唯一、地域医療支援病院になっていますから、規模的にも、高度急性期と急性期をまかなっているという点でも東三河の中核病院となっています。
幸いなことに医師はおよそ200人おり、婦人科や小児科も充実しています。手術支援ロボットの「ダビンチ」も2013年の秋から稼動を始めています。2014年からは総合周産期母子医療センターもやっています。
―地域にどんな影響を。
地域の基幹病院としてふさわしい高度な医療を提供するとともに、地域住民全体の幸福を常に考えながら、予防活動の一環として、地域住民の保健知識の普及に努め、健康増進活動に参加すると共に公共性と経済性を考慮し、健全な病院経営に努めています。
また、当院が基本方針に掲げる「高度な医療を提供」や「医学・医療の進歩に寄与」するため、院内の臨床研究倫理審査委員会の承認を受けて臨床研究を行っています。「臨床研究に関する倫理指針」に基づき、被験者の人間の尊厳及び人権を守るとともに、研究者がより円滑に臨床研究を行えるよう努めています。
―これまでの医師生活を振り返って。
自分の手技と判断で患者さんが治ることは、外科医としても一人の人間としても、とても大きなやりがい、生きがいとなります。これから医者になろうと考えている人には、ぜひ外科系に進んでほしいですね。