九州大学大学院医学研究院循環器外科学 塩瀬 明 教授

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アメリカでの研究・臨床を経て九州大学教授に就任 Patient First

福岡県立修猷館高校卒業 1995 九州大学医学部卒業同附属病院心臓外科医員 2001 九州大学大学院医学系研究科臓器機能医学専攻博士課程早期修了 2008クリーブランドクリニック医用生体工学部門 2011ピッツバーグ大学医療センター胸部外科 2013 テンプル大学病院心臓血管外科講師 2014 同AssociateDirector of MCS 2015 同Director of ECMO 2016 九州大学大学院医学研究院循環器外科学教授

 医師として、日本で10数年、アメリカで8年弱過ごしました。アメリカでも研究、臨床双方に携わり、フェロー(研究員)から正規臨床スタッフまで経験しました。日米双方のシステムの違いもよくわかっています。

 今後は教授として、日本とアメリカ、それぞれのいいところをバランスよく組み合わせて、教室をつくっていきたい。それが自分の使命だと思っています。

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留学前、担当していた濵﨑晃洋さん(写真右)、野中久雄さん(同左)と語る塩瀬明教授。渡米以来の再会に笑顔が弾けた

ー実際に見てきたアメリカの良いところは。

 医師がある程度分業し、「自分や家族のための時間をとる」ことが、権利として認められている点です。主治医になっても、休む時は休む。誰かが休んでいるときにはカバーする。カバーする側になったときはものすごく忙しいですが、それは当然という考え方があります。

 日本は、主治医になったら365日働いて当たり前という雰囲気で、疲弊してしまう人も多くいます。しかし、医師自身が健康でないと良い医療はできませんよね。 

 そのほかの良い点としては、センター化していて1カ所に多くの患者さんが集まるため、多くの症例から学べるということが挙げられるでしょう。心臓外科手術数が年間数百例という施設がいくつもあります。

 NP(Nurse Practitioner =診療看護師)やPA(Physicians Assistant=医師助手)がサポートしてくれるというのも、良いところです。積極的に手伝ってくれるため、医師は専門領域に多くの時間をかけられる。非常にありがたい存在です。

ー日本の良いところは。

 きめ細かく、粘り強い治療をするところですね。そこには日本人とアメリカ人の死を迎えるときの考え方の違いもあると思います。

 アメリカでは入院する際、リビングウィルの提出が必須です。「呼吸器を付けるなら治療を止めてください」と明確に発言できる環境なのです。

 さらには保険制度の違いがあり、みんながみんな、同じ治療を受けられるとは限りません。アメリカ留学で研究から臨床に移ったとき、そのことに最もギャップを感じました。そういった意味で、日本は幸せです。

ー九州で初めて心臓移植が行われた患者の主治医もされていましたね。

 運命を変えるような症例でした。患者さんはかなり重症で、補助人工心臓を着けたものの、感染で非常に苦しんでいた。亡くなってしまうのではないかと思うほどでした。

 私は、感染症の先生にかけあって、当時、未承認だった新しい抗生剤を取り寄せました。それによって感染がようやくコントロールでき、移植登録。そして、奇跡的にドナーが出て、2005年、移植が実現しました。

 そのころ思っていたのが、「なぜ、このデバイスで感染が起きるのだろう」ということ。調べるうちに、日本とアメリカの補助心臓に、大きな差があることを知りました。「これでしか日本人を助けられないのはおかしい」という憤りに近いものと、「世界の最先端はどうなっているのだろう」という疑問。それが、2008年からの留学の動機となったのです。

 当初、アメリカには補助心臓の研究のため渡りました。世界最先端のクリーブランドクリニックで、エンジニアと一緒に補助心臓を開発。新たなデバイスを大動物に埋め込む手術などの実務責任者も務めました。

 富永隆治前教授に「研究だけでなく臨床でもトップになって戻ってこい」と留学延長を認めていただき、移ったのがピッツバーグ大学の医療センター胸部外科です。

 一般的に心臓外科は心臓移植と補助人工心臓の手術が主で、そのトレーニングを積んでいきます。しかし、福岡市立こども病院で医師をしていたころ、心臓も肺も治さないと助からない子を何人も診てきました。ピッツバーグ大学を選んだのは、心臓移植と肺移植の両方ができるところだったから。子供たちを見てきた経験があったからです。

 その後、テンプル大学病院から声がかかって同病院に異動してからも、心臓と肺の移植を続け、帰国するまで執刀していました。

ーアメリカで長く働くことができた理由は。

 「Patient First」。これに尽きると思います。日本的な心を忘れていなかったからじゃないでしょうか。日本で医師をしていた時期のほうが長いので、「一人一人を診る」「全力を尽くす」ということが体にしみ込んでいる。それがアメリカでは珍しかったのかもしれません。

 日本に戻るまでは、自宅待機も含めると年間350日ほどオンコールをしていました。患者さんの状態が悪いと気になって帰れないんです。「帰ってくれ。他の人が帰れない」と言われたこともありました。

 アメリカには医局制度がありません。ほとんどの医師が単年契約で、来年6月には職があるかわからない。さらには、業績が下がったら、ステップダウンもありうる厳しい環境です。しかも外国人に対する目は厳しい。その中に8年近くいることができたというのは、強みだと思います。

ー医局員に求めることも自然と厳しくなりそうですね。

 自分の力をどうやってつけるのか、常に考えることが大切です。私もそのために海外に行きました。いろいろ見て、何が患者に対して一番いいのかと考えて今に至ります。

 自分が持っているものは医局員に伝え、自分もさらに学ぶことがあれば、医局員から謙虚に学んでいくつもりです。世界で何が起きているのかアンテナを張り巡らせて、ここから世界に発信していきたいですね。

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九州大学病院
福岡市東区馬出3丁目1番1号
☎092・641・1151(代表)
http://www.hosp.kyushu-u.ac.jp


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