遺伝性の難聴を胎児の時から治療する研究をしています
3月12日の午後1時半から、熊本市東区の熊本県身体障害者福祉センターで「耳の日講演会」があった。毎年この時期に開かれるもので、今年のテーマは「高度難聴医療の最前線―人工内耳について」。
講師は熊本大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科の蓑田涼生准教授で、熊本大学と日本耳鼻咽喉科医学会熊本県地方部会、熊本県難聴者中途失聴者協会が共催した。
成人の難聴の方で人工内耳について詳しくご存じない方と、そのご家族、そして小児高度難聴の患者の家族に、人工内耳とはどんなものかを説明する講座です。どんなふうに聞こえてどんな人が使うのかを話しました。50人以上が参加し、手話通訳や要約筆記を真剣なまなざしで見つめられていました。
難聴には、中耳炎のような伝音性難聴と、神経に問題のある感音性難聴の2種類があります。伝音性難聴は手術で治療できますが、感音性難聴の場合は通常の耳の手術では治療できません。
それを補うのが補聴器です。しかし、難聴が進行してきますと、補聴器では聴力を補うのが困難になります。そのような状態で有効なのが人工内耳です。最近は人工内耳の装置自体がより高性能になってきたため、中途失聴の方であれば、使用開始直後から簡単な会話を聞き取ることが可能ですし、訓練と人工内耳の調整を行っていくことで、静かな環境では会話にほとんど困ることがないくらいにまで回復し、携帯電話も使えるようになる方もいます。ただ、人工内耳をしたからといって、聴力が正常になるわけではないので、特に子どもさんの場合には、教育上この点に配慮をすることが大切です。
先天性高度難聴の子どもさんに対しては、できるだけ早期に聴覚補償を行い療育を開始したほうが、その後の聴取能、言語の発達が良いことが、海外の研究によりよく知られています。そのため先天性の高度難聴に対する現在の基本的な考え方としては、出生時の難聴スクリーニング検査を活用し、できるだけ早く難聴を見つけ診断をする。そして、生後半年くらいから補聴器をつけて療育を開始します。補聴器による聴覚の獲得が困難と考えられる場合には、1歳ぐらいの時点で人工内耳を行い、聴覚の獲得を目指します。以前の小児人工内耳適応基準では1歳半以降となっていたのですが、2014年に適応基準の改定があり、1歳での手術が可能になりました。また2014年の基準の改定に伴い両耳への人工内耳の可能となりました。われわれの施設でも早期の手術、そして両耳装用を希望される方が増えてきました。
人工内耳手術は、大人も子どもも含めて年間1千人くらいの方が受けられています。現在国内で人工内耳を装用されている方は1万人ほどいます。
私が耳鼻咽喉科を選んだのは、手術も含めて細かな操作が好きだからです。すごくやりがいがあり、私にとても合っているし、天職といってもいいくらいです。
特に大学病院では、脳と脊髄、眼球の中以外の、首から上のがんはすべて扱います。めまいも嚥下(えんげ)も、言葉も呼吸もみんな耳鼻科で扱います。また手術を行う際にも、嚥下、呼吸、聴覚、視覚、嗅覚、味覚に配慮しながら、しかも病変を十分に摘出し、遊離、有茎皮弁を用いた複雑な再建を行う必要があります。実習で回ってくる学生さんは、耳鼻咽喉科は内科系だと思っていることが多いので、手術の緻密さと取り扱う領域の広さに驚きます。
今、基礎研究でメインにやっているのは、遺伝性の難聴の根本治療の開発を目指した研究です。われわれは、遺伝性難聴モデルマウスの胎児に対して治療を行うことにより遺伝性難聴の発症が防止できること証明しています。マウス胎児を用いたこの動物実験について、少し細かい話をしますと、この実験は妊娠した母マウスのお腹の中にいる胎児の内耳に遺伝子を注入しました。その後、処置をしたマウス胎児を出産させて、聞こえなどがどのようになっているか評価しました。このように胎児の内耳に物質を入れるのは簡単ではないので、これができるのは世界でもわれわれとアメリカの1グループしかないんです。今はiPS細胞などを用いた細胞移植による治療ができないかを検討しています。
ヒトへの応用を考えた場合には、胎児でなく、生後に治療ができた方がいいのですが、先天性遺伝性難聴は、胎児の時期に内耳が形作られる過程で、原因遺伝子が正常に機能しないために、その後の内耳の成長がうまくいかなくなるのが原因です。そのためヒトの先天性遺伝性難聴の多くの患者さんの場合には、生まれた時点で内耳に形態と機能異常がすでに起こってしまっているので、治療の確実性を考えた場合、私たちが実験で行ったような胎児での治療が必要になってきます。しかし、遺伝性難聴の中には、出生直後には難聴はなく、その後ゆっくりと難聴が起こってくるタイプのものもあります。このようなタイプの遺伝性難聴に対しては、近い将来ヒトでの治療が実現できるかもしれないと考えています。
―内視鏡で耳の手術をしているそうですね。
通常、耳の手術は、顕微鏡で手術を行います。耳の後ろを大きく切って、骨を削ってするのですが、耳の内視鏡の場合は、外耳道に内視鏡を入れて、これで見ながら手術を行います。皮膚切開は耳の中の小切開と、修復材料を取るために耳の後ろを1㌢くらい切るだけです。以前は私も顕微鏡で耳の手術はすべて行ってましたが、現在は耳の症例の8割以上を内視鏡だけで手術しています。手術自体は顕微鏡よりも難しいのですが、内視鏡は顕微鏡に比べて視点が奥にあるので、小さい切開、骨削開で手術をすることが可能なため、手術後の痛みが軽く、耳の中の腫れもなく、回復が早いために入院日数も短くて済みます。内視鏡手術は片手操作になり、顕微鏡手術での両手操作と大きく異なるので、慣れが必要かもしれません。でも、患者さんも術後楽で早く退院できる非常にいい手術法だと思います。
世界的にも徐々に広がってきているのですが、国内ではまだマイナーな方法です。九州では、私が一番経験は豊富だと思います。
―なぜ広がらないのですか。
一番の理由は、顕微鏡で手術をしても病気自体は治りますし、また患者さんも、顕微鏡と内視鏡の両方を経験できるわけではないので、その違いがわからないこともあるかもしれません。要は多くの耳科医は現状で困っていないからだと思います。実は私も内視鏡手術を始める前までは、そうでした。私が耳の内視鏡を始めたきっかけは単純で、たまたま手術場にフルハイビジョンが導入されたので、試しに鼓膜を見てみると、とても画質がよく、そして、顕微鏡では見えない奥まで視野が得られることに感激し、これなら、顕微鏡と同等画質で手術できると確信し、一昨年の6月から始めました。実際、内視鏡手術を始めるといいことずくめで、今はよほどのことが無い限り顕微鏡は使わなくなりました。細かい手技が嫌いではない私の性分にもこの手術が合っているのもあるのかもしれません。
―外国の状況はどうですか。
もとは中東の医師が10年以上前に始めた方法です。しかし、当時のカメラの性能は今と比べるとよくなく、顕微鏡のほうが明らかに画質がきれいでした。おそらくそれが広がらなかった大きな理由だと思います。でもカメラの性能が向上するにつれ、画質における欠点が解消され、その内視鏡手術の良さに気づく人が少しずつ増えてきています。米国でもハーバード大学のグループなどが積極的に内視鏡下耳科手術に取り組み始めましたので、おそらくは内視鏡下耳科手術はさらに広がっていくと思います。
第1回の、耳の内視鏡の国際学会が昨年アラブ首長国連邦のドバイで開かれ、日本人は私を含めて十数人が参加しました。