【研究と教育の最前線で】臨床においては患者さんを第一に。教育では学生の個性を伸ばす。
麻酔科医の役割
麻酔科医の役割 麻酔科にはさまざまな役割がありますが、麻酔科医の最大の目的は患者さんのストレス反応を抑制することです。
わかりやすい例では、快適に手術を受けられるように意識のない状態にするということ、あるいは痛みを取り除くという役割ですね。
さらに、外科側から見れば、手術中の患者さんが動かないようにして(不動化)、正確な手術をサポートするということが加わります。手術を安全に行うためのコーディネーター的な役割も担っていて、患者さんの状態が悪くなるのであれば手術をストップさせるのも麻酔科の役割です。動けず、話せない患者さんを代弁して外科医とコミュニケートするのは、手術における麻酔科医の重要な役目になります。
さらに、手術中の全身管理、急激な変化への対応に秀でているため、病院の重症患者管理の中心である集中治療室でも、多くの麻酔科医が活躍しています。
痛みを取り除くのは麻酔科の得意分野ですので最近はペインクリニックなどの領域で、たとえば偏頭痛や腰痛、末期のがんの痛みなどをうまく管理する事でも役立っています。もっとも、痛みというのは生体の危機シグナルですので、痛みの原因を明確にして対応することが重要になります。痛みの原因を突きとめることができれば、その領域の治療を優先するのはもちろんで、仮に、原因が判明しない痛みがあって、さらに痛みをとることが患者さんにとって有益であれば、麻酔科が表舞台に立つこともあるでしょう。
ストレス耐性現象の研究
生体に非致死的な軽いストレスを与えておくと、通常なら死んでしまうようなストレスに接しても生体がなんとか対応することができるという反応があります。9年前に医学教育センターに移籍するまでは、このしくみについて研究していました。
神経細胞にストレスが加わると、それに対して熱ショックタンパク質(ヒートショックプロテイン)が増加し、耐性が上がります。たとえば、軽度の脳梗塞を起こした患者さんは、直後に大きな脳梗塞を起こしてもそれによる障害が少ないことが知られており、熱ショックタンパクは低酸素などのストレスで重要なタンパクが変性するのを抑制するようです。
本学の麻酔科領域研究では、生体の侵襲に対する反応を調べて、その機序を解明し、新たな治療法を開発する研究を主に行っています。
手術中の患者さんのストレス状態をリアルタイムでモニターできるESR(Electron Spin Resonance) という電子スピン共鳴装置があるのですが、手術室にESRを置いているのは、全国でも本学くらいではないでしょうか。
侵襲が加わるとラジカル(遊離基)や活性酸素などができますが、それが増えると手術後に障害が残って、心臓や肝臓などの臓器に悪影響を与える可能性があります。そういった現象をESRでリアルタイムに測定します。また、そのような現象を防ぐために、活性酸素を抑制するビタミンCやビタミンEなどの薬剤を投与するなどして侵襲が加わった患者さんの状態を改善しようという研究については、当講座の松本重清准教授が中心になって進めています。
医学教育センター
そのような研究を進めていたのですが、10年ほど前に医学教育センターの教授になってからは、どちらかというと医学教育のほうに軸足を置いていました。
医学教育センターは、大分大学の医学教育レベルの向上を図るのが最大のミッションです。入学時から学生に接触して、オリエンテーションなどを通して、大学ではどのような勉強をするのか、どのような生活や行動をすべきかなどを教育しています。
学生と接していると、現代の医学部生は生き残るためのハングリーさに欠けているのではないかと思うことがあります。難関の医学部入試を突破しているので、彼ら・彼女らも競争は経験しているはずですが、われわれの時代は兄弟や同級生が多かったこともあって、日々が生き残るための競争でした。
そういった違いは教育の面でも表れていて、かつては谷底に落とされてはい上がってきた学生だけが生き残ってきたのですが、今の学生さんは落としてしまったらほとんどがはい上がってこない(笑)。そうなると教育方法自体を変えるべきで、谷底に落としても大丈夫な学生かどうかを見極める必要があります。
それに関連して言えば、研修医制度が変わったため、かつての医局制度とは違って自分でキャリアを選ぶことができるようになりました。医局制度がすべて素晴らしかったとは思いませんが、自分の思惑とは関係なく多様な病院に派遣されて多くの症例を経験し、あるいはたくさんの個性やいろいろな人間と切磋琢磨(せっさたくま)していくという良い面があったことはたしかです。
現在の学生は、われわれのころと比べても秀でた部分がたくさんありますが、それなりのサポートと個々に合った教育で伸ばしてあげることが必要です。ダーウィンも言っていますが、「変化に対応しなければ生き残れない」のでしょうね。
〒879-5593 大分県由布市挾間町医大ヶ丘14丁目1番地
TEL:( 代表)︓097-549-4411