「1秒でも長く生きていたい」その願いのため人生かけて
肝臓の病気、特に進行した肝がんの患者が、その治療を求め、全国から訪れる久留米中央病院。昨年4月、一時期はこの病院の院長を務め、その後、久留米市で「いたのクリニック」を開設していた板野哲氏が、理事長・院長として就任した。その経緯、そして今後の目標を、板野理事長・院長に聞いた。
―「いたのクリニック」を閉鎖しての就任。その経緯は。
私はもともと、久留米大学医学部の第2内科出身です。谷川久一先生が教授のころに入局し、血管造影グループで肝がんの治療をしてきました。
しかし、私のしてきた血管造影を用いる肝がん治療は特殊なためか、医局の中で続けるのが難しくなった。そこで2005年、当時、半分常勤のように治療に行っていた久留米中央病院に就職したのです。
そのころの久留米中央病院は、私の同級生でもある久富順次郎先生が理事長でした。私は2009年に院長に。でも、雇われ院長でしたので、少しずつ不自由さを感じるようになってきました。そこで2011年、久留米中央病院の院長を辞め、市内にクリニックを
クリニックでは、肝がんの患者さんの術後フォローや通院化学療法など外来でもできる診療を行い、血管造影での治療が必要な方は、久留米中央病院などに送りました。そして、私が病院に行って治療を施す。そんな状態が3年半続きました。
でも、やはり他施設に行って治療をするというのは大変でしたね。「自分の施設で何もかもやりたい」と思うようになりました。病床設置の許可が下りなかったため、外来だけで血管造影の機械を使った治療ができる施設を造ろうと考え、土地を探して、手付金を払ったのが2014年末です。
「久留米中央病院を譲りたい、購入しないか」という話をいただいたのはそんな時です。迷いました。手付金を払った後でしたから。
でも、ここには61床のベッドがある。患者さんのためにも、治療をしていくためにも、入院施設はあったほうがいいと思いました。妻とも相談し、残債をすべて引き継ぐ形で譲り受け、2015年7月、理事長・院長になったのです。
現在のここは「いたのクリニックと従来の久留米中央病院が融合した肝がん専門病院」といえると思います。クリニックのスタッフは全員連れてきました。クリニックで看護師長だった妻は、現在、看護部長兼理事として、体制づくりなどをしてくれています。久留米大学時代に私の技術をすべて伝えた田尻能祥医師が、同年10月からこの病院に就職し、副院長として血管造影に当たっています。
―クリニック時代と現在の違いは何でしょう。
ずっと同じ病院にいるようになれば、少しは時間の余裕ができるかと思いましたが、そんなことはまったくないですね。
ひとつだけ違うのは、紹介される患者の数がクリニック時代よりも、さらに多くなったこと。クリニックと違ってその施設で治療ができるということや、ベッドがある施設の理事長・院長になったということで、紹介する側の安心感も増したのでしょう。
東京など遠方からの患者さんも多いので、紹介してくださった地元の先生にも診療情報提供書を書き、採血や投薬をしていただくなど共診するようにしています。
―どのような患者が来院するのですか。
最も多いのは、地元の病院でがんの治療を受けていたものの、うまくいかなくなった人や、進行して「これ以上の治療は難しいので緩和ケア的なフォローを」と言われた人。ご自身や家族で調べ、当院に来るケースです。
その次は、私のことを知っている医師からの紹介。3つ目が、進行がんだと診断されたときに、自分で調べ、他の病院で治療する前に受診される方です。
今の日本では、進行がんは積極的に治療されているとはいえません。そのほうが正しいのかもしれませんし、私にもはっきりとした答えがあるわけではありません。
「残された時間を、痛みなく過ごしたい」という方がいらっしゃることはたしかです。でも、私のところに来る患者さんの中には、「1時間でも1秒でも、目を開けて、生きていたい」という方もいるのです。
ですから私は、大学時代から今までやってきたことの技術を、これ以上高まることがないぐらい高め、その上でいろいろなアイデアで治療したい。エビデンスのない治療は推奨しないという現代医療の一般的な方針から見れば、私は異端児かもしれませんが、自分の人生をかけたいと思っているのです。
―忙しい日々のモチベーションと今後の目標は。
当院では今、私と副院長の2人で月延べ120例の血管造影での治療をしています。年間で延べ1400例。この症例数は、日本一だと思います。
プライベートの時間はほとんどありません。なんでそんなにできるの、と聞かれます。1番は、世のため人のために働きたい。社会の役に立ちたい。本当にそれだけなんです。
私の家は、父も祖父も曽祖父も医者でした。8歳下の弟、板野理(慶應義塾大学病院 一般・消化器外科専任講師)も同じことを言いますが、みんなが私たちのことを見ている気がするのです。
人間ですから、いろいろな欲があります。遊びたいし、おいしいものも食べたい。でも、患者さんと病気の前では、いい加減なことは絶対できないんです。
今後は、論文を書いたり、学会発表をしたりすることで、少しでも自分の治療を広め、後につないでいきたいと思っています。そして、今よりさらに「いかにしたら進行がんを完全寛解できるか」を考え、力の続く限り努力したいと思っています。
- 久留米中央病院で手掛ける血管造影を用いた肝がん治療とは
- 動注リザーバーを留置しての「肝動注化学療法(HAIC)」、特に進行肝がん患者にシスプラチンと5FU を動注する「Low dose FP 療法」を久留米大学病院時代より手掛け、これによるステージ4A の患者への奏効率は50%になる。血管の走行に問題があり、これらの治療を受けられない患者向けには、オリジナルの皮下埋め込み式大動脈留置型特殊リザーバー「System-i」を考案し、在宅率の高い反復分割治療を実現。寛解が難しい患者でも予後決定因子をコントロールすることで、残された時間を延ばすことができるという。