がん哲学外来の創始者として有名な樋野興夫順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授が福岡市内で講演した際、質疑応答でひとりの女性が手を挙げた。
腫瘍の治療を受けている中学生の息子に転移が見つかった。検査結果を聞くのはこわいが、今は通学できていることをよろこびたい。
会場が静まる中で、樋野教授は2人の臨終の言葉を述べた。勝海舟は「これでおしまい」。内村鑑三の娘が難病のため18歳で亡くなった時は「もう行きます」
人間の最期は、これでおしまいか、もう行きますと別れを告げるかのどちらか。最後まで自分を見捨てず、背後から関心を持ってくれている人の存在が大切だとつけ加え、それ以上は言わなかった。
同情せず、励ましもしないことに、がん哲学外来の真髄に触れた気がした。
われわれはややもすると弱い立場の人に、何をしてほしいかを問わず、自分のやりたいことをしようとする。それが相手を傷つけていると教授は講演で繰り返した。
「励まされる苦痛」の意味は深い。がん哲学外来は、それぞれの心が試される場となるだろう。