国民皆保険制度を基盤とした、安心・安全の医療を守りぬきます。
在宅医療推進をサポート
超高齢社会が確実に進んでいるなかで、県医師会としてなにができるのか考えています。なかでも、現在手掛けている在宅医療の推進事業が重要になるでしょう。医師会の主たる会員が開業医であることを考えたときに開業医が地域でどのように活動すべきなのか。
開業医の方は地域医療最前線の担い手であるという自負があります。病院医療については、たとえば高度急性期であったり難病を中心とした入院中心の医療になりますが、生活習慣病など日常のコモンディジーズについては、地域の開業医の先生の役割だと思っています。これまで通院できていた患者さんができなくなると、往診や訪問診療に加えて最後の看取りまで求められてくるでしょう。医師会としてはそうした地域の先生方の活動をサポートしていきたいと考えています。
地域医療構想に向き合う
地域医療構想のなかで病院の機能分化が進められていますが、総論としてはやむをえないことだと思います。ただ、「7対1病床が多くてお金がかかりすぎるから」という理由については疑問を感じているのです。
日本は入院中の患者さんに対する看護師の手当てが薄いという現実があります。本来なら7対1看護でも十分ではないはずなのです。アメリカなどは日本より医療費をかけていますが、3対1も普通です。機械的に7対1を削減する考え方はいかがなものでしょうか。
静岡県の医療審議会の会長として、地域医療構想策定の作業部会を作って検討を始めてもらいました。2025年までに静岡県の地域医療構想を決めることになっていますが、県はもっと早く結論を出したがっているようです。しかし、拙速な決定をすべきではありません。病床の奪い合いの場ではないのですから、しっかりと議論を積み重ねていきます。
さらに、2018年には保健医療計画の策定が始まり、介護保険事業計画、診療報酬と介護報酬の同時改定も控えています。2年後を目標として検討を重ねていきたいと思います。
また、冒頭申し上げた在宅医療の推進という大きな論点については、地域医療構想のなかでも慎重に進める必要があります。4類型にして最後の慢性期の部分の延長線上に在宅医療を持ってきたいようですが、「病院では慢性期を診られないので、みなさん在宅医療へ」と、ところてんのように押し出されるだけなら意味がありません。もちろん、われわれは在宅医療に関わる医師を増やすことにも取り組んでいますが、なにがなんでも安上がりな在宅医療ですませようという考えかたでは困ります。
それに関連して、厚労省はかかりつけ医による日常診療と大病院の二極化を図ろうとしていますが、正直に言うと「いまさらなにを言っているのだ」と、腹も立つのです。もともとはそういう状況があり、それを壊していったのは誰なのか、と。
われわれの父親世代、40年ほど前は地域のかかりつけ医がきちんと機能していて、精密検査や入院が必要な時には基幹病院に紹介するという体制ができていました。往診もしていましたし、極端な話では診療所が救急車を受け入れていたのです。それくらい地域の医師は地域に密着した形で活動していました。
ではなぜ大病院志向になったのか。それは国の医療政策として病院をたくさん建てたことと無関係ではないと思います。実際、静岡県は自治体立病院が多いんです。さらに、同じ時期に病院完結型医療をやろうという動きがあって、極端に言えば、開業医の存在が希薄なものとなってしまった。そういった要素があいまって、父親世代にはうまくバランスがとれていた地域の医療体制が崩れてしまった。自治体はお金をかけて病院を建て、財政赤字を補っているわけですから、それこそバス路線を作ってまで患者さんをそこへ送ろうとするのです。
患者さんも、開業医より大病院のほうが安心するという傾向があるのでしょう。しかし、この安心感はじつは実体を伴っていないのです。なぜなら、ほとんどの開業医は病院勤務していた際に医長や科長など責任ある立場にいた方なので、大病院にいる若い医師たちが教え子だったりすることも多い。医師としてのキャリアはむしろ開業医のほうが豊富なことを患者さんにはわかってほしいですね。
医療難民を生まない
医療界全体については、TPP交渉で医療分野の自由化が進むのではないかと危惧しています。日本医師会では、4年くらい前に話が出たころから反対運動を起こしています。
アメリカが最初に求めてきた医薬品分野の開放はひとつの切り口であって、狙いの本丸は保険分野だと考えています。アメリカの民間保険を日本に持ってきたがっているのは明らかで、現行の社会保険制度を使いながら、裕福な方は上乗せ部分を民間保険で補ってもらうというやり方をとるかもしれません。現在もがん保険などの民間保険がありますが、自由化のなにが怖いかというと、医療についてはナショナル・ミニマム(最低限を国が負担)に移行する可能性があるのです。
そうなると、最低ラインの医療費は社会保険で保障して、あとは民間保険で負担するということになります。風邪や腰痛くらいしか保険で賄えないという事態になったらどうなるのでしょう。
デンゼル・ワシントンが主演した『ジョンQ―最後の決断』というアメリカ映画があります。子どもが重い心臓病にかかったのに、父親の保険ランクが低いために手術を断られるという、医療保険制度をテーマに置いたストーリーで、アメリカの社会保障制度の冷酷さがよくわかります。マイケル・ムーア監督の『シッコ SiCKO』もアメリカの医療問題を扱ったドキュメンタリーで、まさにアメリカの恥部を描いています。日本医師会ではこの映画を全国各地で公演してアメリカ型医療を受け入れていいのか問題提起してきました。
いまのところ、政府は医療分野の自由化はないと言っていますが、「いまのところ」という条件付きだと私はみています。もっとも、TPPに賛成する医師が一定数いることも確かです。混合診療に賛成であったり、保険収載されていない高価な薬を使いたかったり、医療経済を考えない人たちが存在する。医療ツーリズムもそうです。外国の裕福な方をつれてきて診療するというのは、ビジネスとして考えれば大歓迎する病院も決して少なくないと思います。しかし、それを認めてしまえば医療格差が発生することは確実で、裕福な方だけが高度な医療を享受することができる。それは国民皆保険制度のあるべき姿ではないのです。
静岡県の抱える課題
まずは、全国でも下から4~5番目の数という県内の慢性的な医師不足をなんとかしなければなりません。これは医師の偏在という側面もあります。ただ、専門医を取得するため、あるいは技術の向上のために大きな病院で働きたいという若い医師の希望を押しとどめることもできません。長年悩ましい問題です。さらに看護師不足も深刻で、県医師会は看護協会と協力して対策を練っているところです。
医師や看護師の不足以上に解決が難しいのが介護職の不足で、必要な人員数がまったく足りていません。要するにハコものを建てても働く人がいないのです。今後は、この状況をみなさんと共有してひとつの力にまとめ、医療、福祉についての国の方針が正しいのか、このままでいいのかということを政治に突き付けていくことも必要になってくるのではないかと思います。