研究を臨床につなげる
産業医科大学医学部神経内科学の足立弘明教授は就任から1年半。今の思いと後進への願いを聞いた。
■トランスレーショナルリサーチを実践
就任したのが昨年の4月。まだまだ、これからだと思っています。
私は、こちらに来るまで名古屋大学にいました。そこでは、主に分子生物学的な手法を使った研究をしており、その中のひとつが、遺伝性のポリグルタミン病である「球脊髄性筋萎縮症」のモデルマウスを作成し、実施したものです。
「球脊髄性筋萎縮症」は、ALS(筋萎縮性側索硬化症)などで有名な神経変性疾患のひとつです。
この病気の遺伝子自体は男性も女性も持っていますが、病気になるのは男性だけ。モデルマウスを作ってみても、やはり、メスよりもオスのほうが重篤でした。
そこで、男性ホルモン、すなわちアンドロゲンに着目し、前立腺がんの抗アンドロゲン療法の薬、リュープリンをマウスに投与。すると、オスのモデルマウスの症状がメスのように軽くなったのです。その治療効果により、人への臨床試験が行われ、今、結果を待っているところです。
研究の最終的な目標は、それが実際に患者さんの役に立つこと。この研究が臨床応用されればいいなと思っていますし、この産業医科大学でも、臨床へとつなげられるような研究、トランスレーショナルリサーチを進めたいと思っています。
■診療、教育、研究プラス産業医の輩出が役目
産業医科大学の神経内科は、もともと、てんかんを臨床で診てきた歴史があります。それを発展させられたらという気持ちがあります。
また、患者さんが多くいるパーキンソン病の診療も必要ですし、それらに代表される神経変性疾患の基礎研究もしていきたいと考えています。
多発性硬化症やギラン・バレー症候群、重症筋無力症といった自己免疫性の病気の患者さんも多く、高齢化社会で脳血管障害も増えています。頭痛、めまい、手足の先のしびれなどで外来を訪れる患者さんもいます。
この北九州地区には神経内科医がたくさんいる病院があまりありません。基幹病院としての機能は、この産業医科大学病院が果たしていかなければならないと思っています。
高齢化が進んでいますから、患者さんの数は現在も増えていますし、これからも増加するでしょうね。それに伴って、多数の医師が必要ですが、このあたりの病院の多くは、少ない医師で奮闘しています。
大学でするべき「診療」「教育」「研究」のうち、診療は必須、教育もしっかりしないといけません。一方、余力がない場合は研究に手が回らなくなってしまいがちです。
大学の役割のひとつに、社会への情報発信があります。情報発信の資源のひとつとして研究は重要です。診療、教育、研究の3つと、さらに産業医を輩出するというこの大学独自の役割の合計4つを、いかに片寄りなく果たしていくかが課題です。一般的な大学よりも役割が1つ多いので、あと20人程度学生数が多いといいですね(笑)。
■治療できる病気の増加で、ますますやりがいが
ALSやてんかん、パーキンソン病など、神経内科の病気をいくつか挙げましたが、神経内科の特徴のひとつは、関わる病気の種類がとても多く、バラエティーに富んでいること。覚えることがたくさんあってつらい半面、それを楽しみだと感じてくれる人も神経内科に来てくれていると思います。
また、神経内科は検査やデータでの診断も重要ですが、話を聞いて(問診)、叩いて(深部腱反射)、触れて(触覚)、力比べをして(徒手筋力テスト)などの神経学的診察でも診断をつけていく診療科で、そこが学術的にひかれる点です。
もう一点は、私が大学を卒業した時期は、神経内科疾患で治療可能な病気がそれほど多くなかったんですよね。診断して終わり、という病気が多い時代でした。
しかし、ここ20年ほどで治療できる病気がかなり増えました。脳梗塞では、薬剤やカテーテルで血栓を溶かしたり引きずり出したりする急性期治療ができるようになりましたし、自己免疫性の病気はたくさんの薬が出てきました。
かつては、診断後は経過を診ていく、極端に言えば悪くなるのを見ているだけという場合も多かったのですが、最近はある程度、コントロールできるようになってきています。以前よりも医者としてのやりがいを感じられる分野になってきていると思いますし、これからも、ますますそれが進むと思います。
■科学者であれ!
ひとことで臨床医といっても、市中病院で働く医師、開業医、大学の医師とさまざまで、それぞれにやりがいがあります。若い人には、まず、自分はどういう場で働くのが向いているのか、考えてほしいと思います。
さらに、どこで働くにせよ、ドクターである以上、ある程度、科学者であってほしい。臨床医をしつつもリサーチマインドを忘れずに持ち続け、医学・医療を発展させられるような力をつけていってほしいですね。