川崎医科大学 乳腺甲状腺外科学 紅林淳一 教授
乳房温存手術の良好な治療実績―川崎医科大学(倉敷市)
最新の疫学について
最新の2013年死亡統計によると、女性ががんで亡くなる原因として一番多いものは大腸癌です。以下、肺、胃、膵臓と続き、乳癌は5番目になります。乳癌の死亡率はそれほど高くありませんし、発生率が高いということを考えると、予後が良好ながんだと考えてよいでしょうか。
しかし、40代から60代前半の女性の死亡原因についてみると、乳癌がトップにきます。他のがんは年齢を重ねるほどに発生率も死亡率も増える傾向にありますが、乳癌はこの年代に発生のピークがあるんです。
再発・死亡の可能性は他のがんに比べて低く、たとえば、5年後の生存率は90%にもなります。10年後の生存率も約80%にのぼり、膵臓癌の生存率が4.8%であることを考えると、こういったがんは珍しい。慢性疾患的につき合っていかなければならないがんであるといえるでしょう。
教室の特徴
当科は、1987年に地域で最初に乳房温存手術を開始し、28年間にわたって2千例近い施術を行ってきました。病理に日本の第一人者がいますので、確実な病理診断を行ってきれいに切除することができます。
5年ほど前に保険適用が可能になりましたが、センチネル(門番)リンパ節生検も行っています。乳癌では脇の下への転移が多いので、かつては脇の下のリンパ節を全部取っていたんです。そうすると手が腫れてしまうことが多かった。現在は、がんが最初に到達するリンパ節を「センチネル(門番)」と呼び、これを手術中に見つけて転移が無いことを確認したら、それ以上多く取らないという合理的な手術に変えています。
最新の動きとしては、昨年、保険適用になった乳房同時再建手術があります。当院では10年前から自由診療で行っていましたが、これが非常に注目されています。
当院においては、「皮下乳腺全摘」を実施しています。かつての乳房切除では、基本的に乳頭や乳輪を取っていたため、乳房が薄く垂れてしまいました。そこで、皮膚と乳頭、乳輪を残して乳房の中身だけを取りだし、そこにエキスパンダー(皮膚拡張器)を入れる方法を取ります。きれいに乳頭や乳輪を残したうえでエキスパンダーを入れると、美容的に非常に良い効果が得られます。
甲状腺がん治療の現在
内分泌甲状腺外科専門医という一番高いレベルの資格を4人が取得していますので、甲状腺でもトップクラスの診療ができます。当院では手術を積極的にやっていますが、ほかの病院では進行がんの甲状腺はあまり手術できないようです。手術後の合併症が懸念されますし、気管切開して、一生涯気管から直接呼吸しなければならないような患者さんも診なければなりません。
甲状腺のがんは本来は予後の良いがんなのですが、その中の一部が未分化がんに変化して、あっという間に患者さんが亡くなるという非常に怖いがんもあります。1年ほど前からそのがんに対する分子標的薬が開発されたため、劇的に変わりました。これまでなら亡くなってしまったような患者さんが、皆さん、命を取り留めて頑張って治療されています。もう少し定着していくと、非常に激しいがんに対しても、なんとか太刀打ちできるようになるのではないかと期待しています。
センチネルリンパ節生検の導入
川崎医科大学のケース
がんが最初に転移する脇の下のリンパ節(センチネル〈門番〉リンパ節と呼ぶ)を調べて手術中に顕微鏡検査を行い、転移がなければそれ以上のリンパ節をとらない手術を導入しています。アイソトープと色素法の併用で、最近ではほぼ100%の確率でこのリンパ節を見つけることができます。
リンパ節を一部しかとらないので、術側の腕が腫れません。過去10年間あまりに1200例以上行い、うち7割の方はリンパ節をとらずにすみました。