2014年5月に発行された同書を枕元に置き、今も時おり読んでいる。
420ページの分厚い本で、著者は九州大学の精神科教授。医療者ではない私に理解できない箇所は多いが、それでも385ページからの「医者と負け戦」、401ページの「The Doctor」はいろんなことを思い浮かばせ、私に熟考させた。
最近は320ページからの「体験を作るもの」に大きな刺激を受けた。
筆者は「眼前の人があなたに向かって手を振っているとしましょう。あなたは、その行動の意味をどうやって理解しているのでしょうか」と問いかけ、ミラー・ニューロンという言葉を使って、「涙を流し泣く人をみると、こちらも悲しい気持ちになるのは、私たち自身が泣くときに活動する感情脳が、実際に泣いているかのごとく活動することで、相手の流す涙の意味が自分のことのようにはっきり分かるのだと思います」と述べ、だから「最初に共感ありきではなく、最初に体験ありき」だと書く。
ここは非常にわかりやすかった。周辺を見ても、幼少期に笑う体験の少なかった人は成人しても心から笑うことの意味を知らず、それでも「笑顔」が自分に有利に働くことは知っているから、口の両端をきゅっと上に吊りあげるのである。でも目は笑っていないから、何の効果も生まない。
つくづく思い出すのは、九州医事新報2012年7月号で倫理学研究者の波多江伸子さんが、「人は今まで生きてきたようにしか死ねない」の言葉である。
人はこれまでやってきたことをこれからもやる。倫理学研究者の言葉をミラー・ニューロンが補った気がして、なるほどと思わせた。
良書というものはおそらく、ジャンル外の読者にもさまざまな風景を浮かばせる、その小径(こみち)であるに違いない。(本紙編集長)
発行=慶応義塾大学出版会株式会社 定価=本体3700円+税