名古屋第二赤十字病院 石川 清 院長
当院の前身は結核の療養所で、総合病院になってからの初代院長が、この地域で救急と高度医療を担おうと決め、早い時期に救命センターやICUをつくりました。その後この辺りが発展しましたから、先見の明があったわけです。
ほかにも、腎移植を全国に先駆けてこの地域でやりだしたことや、災害医療、国際救援など、赤十字の病院としての役割、さらには地域連携、研修医教育にも力を入れながら今日まで来ました。
この病院は昨年の12月に創立100周年を迎えました。
その3年前の2012年、私が院長になって5年目の節目の時に「最高の病院になる」という一大目標を掲げました。当時も確かにいい病院だと言われてはいましたが、看護師は毎年たくさん辞めるし、医療トラブルの件数は減らないなどの問題を抱えていました。
ちょうどそのころ『エクセレント・ホスピタル』(クィント・ステューダー著)という本に出合い、そこにコーチングの手法が詳しく書かれていました。NHKでも、コーチングを採用して成果を上げている企業を取り上げていましたので、一般企業でうまくいくなら、病院でうまくいかないはずがないと思い、最高の病院になるためにコーチングを採用して、職員の意識を変えようと決心しました。かけ声だけには限界がありますからね。
毎年25人、3年間で75人が8カ月の研修を受けるプログラムですから、費用も時間もかかります。幹部から慎重な意見も出ましたが、その75人が資格を得れば院内にコーチングの風土ができます。それでコミュニケーションが良くなり、モチベーションが向上して動きが主体的になれば、看護師の離職率も下がるだろうし、医療トラブルも減るだろうと考えました。
最も大きなキーワードは「コミュニケーションがよくなる」です。トラブルが発生する背景にはコミュニケーション不足が常にありますが、ほかの教育ではその解決は難しいでしょう。
役職者を集めてコーチングのプロから説明を受けたら、6割くらいが研修を希望しましたので、現場で大きな影響力のある役職者を選んで研修をスタートさせました。2年目は、この人には受けさせたほうがよいと思われる人を選び、3年目は役職者ではない人にも参加してもらいました。
今年の5月で研修が終わり、75人が資格を得て、部下や現場の職員にコーチングをする流れができました。しかし意識が変わったのは全体の4分の1、科によってばらつきもあります。成果はこれから出てくるだろうと期待しているところです。
患者満足度調査も、それまでは丸をつけてもらうだけでしたが、この病院が満点を取るためには何が足りませんかと、生の声もあわせて聞くことにしました。
これからはDPC(包括医療費支払い制度)であるとか、病床機能報告制度や地域医療ビジョンなど、変化の激しい時代になりますから、職員一人ひとりが考え、同じ方向を向いて主体的に動く風土が求められます。そのためにもコーチングは、さまざまな改善に寄与してくれると思います。
これらの経験から、私は真剣に、医療界にコーチングが普及すればいいと思っています。コミュニケーションがよくなれば医療事故は絶対に減るし、職種間の壁、職位間の壁、昔ながらの上意下達の風土を崩さなければ、本当の意味でのチーム医療は成立しません。
コーチングで人は変わりません。行動が変わるだけです。そして行動が変われば、結果が変わります。
私はもともと航空学の道に進もうとしましたが、医者だった兄の職場を見学して、重症障害児医療に生きがいを見つけ、患者さんや家族に感謝されている兄の姿を見て、私も医者になろうと思いました。
医者として手を尽くし、感謝されることに喜びを見出すことが出来ない人は、医者にはふさわしくないと思います。それを若い医師に伝えたいと思います。
私は今67歳で、3年後から何をしようかと、そろそろ考え始めています。医者を続けてもいいし、医療界にコーチングを広める仕事もやりがいがありそうです。これまでにもいろんな学会で発表し、原稿にも書いた影響で当院の活動が少しずつ知られ、見学に来られたり講演を頼まれたりして、実際にコーチングを取り入れた病院もあります。