萩むらた病院 村田 洋一郎 院長
1991 山口大学医学部整形外科入局 1992 徳山中央病院整形外科勤務 1996 宇部興産中央病院整形外科勤務 2008 萩むらた病院院長就任
■資格:整形外科専門医、医学博士、リウマチ認定医、スポーツ医
萩むらた病院は今年で創立35年。急性期から慢性期までの医療・リハビリテーションなど地域の需要にこたえ続けている。
今年1月に病棟を増改築し、モダンな雰囲気で、随所にこだわりが感じられる同病院。メディカルアロマテラピールームなど独自の取り組みも行う村田院長に話を聞いた。
■モダンな病棟デザイン
沖縄に理想のデザインのホテルがあり、そこからインスピレーションを受けました。
1階の外来は木目調で、リラックスできる雰囲気づくりを心がけました。病棟も2階と3階でイメージを変えていて、2階はジャパニーズモダン調、3階はブリティッシュ調のデザインです。館内BGMは、今の季節に応じて時間によってハワイアン、三線の音色といったようにテーマを変えて流しています。
病院は白を基調とした建物がほとんどですが、当院では患者さんに病院にいることを意識させないデザインにこだわりました。
増改築を機にメディカルアロマテラピールームを造りました。ICAA(インターメディアリー・クリニカル・アロマテラピー協会)認定施設で、アロマテラピストが、トリートメントを行います。完全個室で、施術後は、中庭を見ながらハーブティーを飲んでいただけます。
全国的にもこうした取り組みをしている病院は珍しいと思いますよ。
■整形外科の醍醐味
この地域の最大の問題は医師看護師不足です。萩は山口県内で、最も医師数が少ない地域だと言われています。
私は整形外科医ですが、当院の整形外科は常勤医が私一人ですので、整形外科医として診察から手術までをして、院長職もこなす。大病院と違い、この規模の院長は、なんでもやらなければなりません。
一人での手術は妥協が許されません。ほかの医師がいると意見を聞けますが、ここでは私一人が判断を下さねばなりません。その判断が正しく患者さんが自分の脚で歩いて元気に退院される姿を見ると責任は重大ですが、やりがいも感じています。
■次世代への橋渡し
歌舞伎の市川海老蔵は「自分は先代と次の世代への橋渡しに過ぎない」と語っていました。私もその言葉に同感で、先代院長から引き継いだこの病院を守り、次の世代に引き継ぐことが使命だと感じています。
■患者になって気付いたこと
私は小学生から医学部卒業までサッカーをしていました。スポーツの世界は縦社会であり、礼儀が欠かせません。あいさつは人間関係の基本なので、徹底を求めています。
2年前に股関節の手術で人生初の入院を経験しました。約1週間の入院中、さまざまなことに気づかされました。
股関節の手術をすると自由に足が動かせません。ある日、棚の上にあるものを取ろうとしても足が自由に動かず、どうしても取れませんでした。そのとき、ある看護師さんが、私が困っているのに気付き、助けてくれました。
看護師に限らず、職員は絶えず周囲に目を配り、困った患者さんがおられれば声をかけられる前にこちらから声をかけるよう努力しております。
■医師の本懐
私の信条として歳だからしょうがないねと患者さんに言葉をかけたくありません。その言葉を発した時点で医師としての使命を自ら放棄したことになります。ですので私自身は最大限の努力工夫を惜しまず、今後もこの気持ちを持ち努力していく所存であります。
■医師として、親として
先日、ある雑誌で、あなたはそれでも子供を医学部に進ませますか、というような内容の特集を組んでいました。「医学部は偏差値が高く、小学生のうちからの英才教育が必要」、「学費が高い」、「研修医は忙しく寝る時間がない」、などとネガティブな情報が羅列されていて、それでも子供を医師にさせたいかを問う内容でした。
私には、息子が1人いますが、子供を持つ一人の親として子供の将来を親が決めるのはいかがななものかと思っています。親に言われて医師になるのではなく、使命感を持った高い志をもつ医師こそが求められます。
息子には、自分の進路は自分で決めてほしい。私の背中を見て自発的に医師を志してくれたら、これほどうれしいことはありません。