香川大学医学部附属病院 周産期科女性診療科 秦 利之 教授
双子の赤ちゃんは胎内でお互いに接触し合います。一卵性双生児であっても行動や表情に違いが見られ、早くも4カ月で、生まれた後の活発さなどと相関があるいう報告もあります。ひょっとすると、自分以外の誰かがいるということを、生まれる前から理解しているのかもしれません。
―教室の特徴を教えてください。
最新の3Dや4Dの超音波を使い、胎児の行動を評価することで脳や中枢神経の機能解析をしています。3Dは長さと幅と奥行きを再現できます。一方4Dは、これに時間軸を加えることで、胎児の行動を動画で評価することが可能になりました。
現在、クロアチアやイギリスの研究グループと共同研究をしており、胎児の表情が喫煙、ストレスなどの環境の変化でどのように変わるかを調査しています。胎児の行動を解析して、胎児の中枢神経を調べ、異常の有無などを判断します。
一昨年、小児科医や工学者など多方面の専門家が参加する新胎児学研究会を立ち上げました。研究会ではテーマに沿ったディスカッションをします。昨年のテーマは、「胎児に心はあるのか、ないのか」でした。年ごとのテーマと特別講演や教育講演の2本柱で、活発な議論を交わし合っています。今年は11月14日にかがわ国際会議場で開く予定です。
4Dなどの優れた機器の登場で、胎児研究は飛躍的に進歩しました。胎児精神医学、胎児心理学といった新しい学問の扉が開かれ、胎児行動学の夜明けがきたと感じています。
双子の場合、胎内でお互いの存在を感じ、触りあうことが分かってきています。妊娠24週くらいからは痛覚が発生することも分かりました。
我々と共同研究を行なっているイギリスのライスランド教授は、胎児がストレスを感じると腕を跳ね上げるように動かすことを発見しました。これがストレス反応のひとつではないかと発表して世界中で話題となりました。
我々は胎児に振動で音を聞かせ、それを聴覚として捉えるか、ストレスに感じ身体反応を起こすかどうかの研究を進めています。将来的には、妊婦さんが音楽を聞いて、心地よいと感じているときに、胎児はどのような反応を示すかについての研究も検討中です。
我々は、妊婦と胎児を「二つの身体、二つの心」とみなし、胎児を一つの人格を持った人間と考えています。以前は、胎児には心がなく、あくまでも母親の付属物だとの考え方が支配的でしたが、それはもう時代遅れです。
近い将来、胎児に感情があることが、発見されるかもしれません。それが分かると妊婦さんに対する教育もしやすく、虐待や育児放棄などを減らす抑止力になり得ます。
妊娠時や出産後、うまく関係性を築けないと子どもに愛情を持てなくなる可能性があります。我々が力を入れなければならないことは、妊婦さんに母性を芽生えさせ、それを育むことです。胎児に心があると分かれば自然と愛情がわくものです。
このほかに新しい胎盤機能評価法の開発、婦人科疾患の良悪性診断、胎児の異常診断や発育評価もしています。
―今後の取り組みについて教えてください。
現在、小児科医や文部科学省の新学術研究班と共同で、出生前と後の脳機能評価、異常の早期発見、治療法の研究を行なっています。
胎児のときに正常でも産後に異常が発見される場合があります。もし出生前に異常を発見できれば、出生直後に早期に治療ができ、リハビリで予後を改善することも可能です。
胎児は子宮内で舌を出したり、あくびをしたり、指を口に含んだりと様々な表情を見せてくれます。超音波画像でこれらを見ると愛おしい感情がわき上がってくるはずです。これはヒトとして当然の反応でしょう。
胎児に意識があるかはまだ分かっていません。もしかしたら生まれた瞬間に胎内の記憶がリセットされる、人間にはそんな機能が備わっているのかもしれませんね。
胎内が心地よい環境だと笑顔を見せてくれるし、ストレスがある環境だと拒否反応を示す。それが分かるようになれば、状態を見て、早めに取り出した方が良いなどの判断も可能です。この分野は、まだまだ研究の余地があり、やりがいがありますね。
―若い医師へのメッセージをお願いします。
医師は診療、教育はもちろん研究も大事にしなければならない。興味を持ち、時間を忘れるほど没頭できる分野を見つけてほしいですね。
「夢を描きて悔いなき人生」という言葉があります。若い人は自分の夢のための努力を怠らないでほしいと願っています。
教室にエジプトとタイからの留学生がきています。超音波の勉強をしているのですが、彼らは意識が高く、とても勉強熱心です。彼らを見ていると、将来日本の医療は、世界で後れを取ってしまうのでは、と心配になってきます。それが杞憂に終わるように、日本の若い医師も積極的に海外に出て勉強してもらいたいですね。
語学教育にも問題があると思いますが、日本人は英語が苦手です。論文執筆などで、たいへん苦労しているようですが、英語は慣れです。海外に出る機会があれば、積極的に挑戦するべきです。失敗を恐れず、積極的に現地の人と仲良くなることが語学上達の一番の近道です。
当医学部のスローガンは「讃岐の丘から世界へ発信」です。若い人たちが世界に向けてどんどん自分の研究を発信してくれる日がくることを願っています。