熊本大学大学院生命科学研究部 泌尿器科学分野 江藤 正俊 教授
昨年1月20日号では、前立腺がんへのダ・ヴィンチの有効性について語ってもらった。今回は、泌尿器に関して高齢者のQOLを中心に聞いた。
ご高齢になりますと男女を問わず、頻尿など泌尿器系の悩みや病気がいろいろ出てきます。
男性の場合は前立腺のがんよりも、むしろ肥大症のほうです。
解剖学的には、がんは前立腺の外側のほうから出る傾向が強く、前立腺肥大症は、基本的には前立腺の内側、尿道のまわりから出ます。だから男性の場合は、おしっこが出にくい、近い、夜に何度も起きる、残尿感など、肥大症でいろんな症状が出てきます。
女性の場合は年齢が増えるにつれて、おしっこが近いという症状を訴える方が増えてきます。そして男性よりも多いのは尿漏れです。お子さんをたくさん産んだ方とかは骨盤の筋肉が緩んできて、くしゃみした拍子に尿漏れをするようなことがあり、でも恥ずかしくて病院に行きづらい方が多いそうです。潜在的に女性の尿失禁は結構おられるといわれ、それで出不精になるなど、気持ちのほうに影響が出ます。友達同士の旅行にも参加しないなど、がんではないにしてもQOLに大きく関わることです。
男性の場合の下部尿路症状というのは、前立腺肥大症に伴って起きるものが多く、それ以外にも、神経因性膀胱といって、脳梗塞や脳出血など俗に言う脳卒中のあとや神経の障害などによって排尿に影響がでてくることがあります。
それに対していろんなお薬が出てきています。また尿失禁に対しても、メッシュを入れる手術などいろんな対応もできるようになってきました。ですからあきらめずに、早めに泌尿器科にかかることが大切です。「女性は我慢強い」といいますが、病院に行けば、いろんな手段があるわけです。自分の思い込みとは違うこともよくあります。QOLは生活に影響をおよぼしますから、手術やお薬などで改善されて、活動が活発になられる人もおられます。
―医師を目指した理由は。
父が大学勤めの泌尿器科医で、身近な仕事だったと同時に、医師という仕事を通じて、病んでいる人をなんとか助けてあげたい、そこにやりがいを感じたからです。もちろん思うようにいかないこともありますが、自分の治療した患者さんが元気になって帰っていかれる姿を見ることができる、とてもやりがいのある仕事だと思います。
そして私の置かれた立場として、熊本大学泌尿器科でしっかりした医者をたくさん育て、それによって多くの患者さんに利益をもたらしたい。手術したり教育したり、講演したりといろいろ忙しいですが、トータルとして、泌尿器科の教室をより発展させていくことが私の一番の職務です。
―これまでに影響を受けた人やできごとはありますか。
大学での研修医を終えて、いわゆる「どさ回り」として地方で研修を積んでいく若い時に、行く先々でいろんな人に教えられ、何人かの恩師と出会えたことでしょうか。その後の診療や手術をするうえで大きな支えになりました。
私は泌尿器のがんを中心にやっていますが、それ以外の領域でも専門外として遠ざけずにいられるのも、根本的な考え方を学べたからです。それがすごく生きています。専門でないからこそベースを知っていることで対応しやすくなることがあります。どうしてそんなことまでご存知なんですかと問われることもありますね。
泌尿器科領域でいわゆる神経因性膀胱と言われるフィールドは、高齢者や脳梗塞、脳出血のあとの排尿のトラブルなどを広く扱う領域ですが、がんとは違う大きなフィールドなんですよ。そこも知っていれば、回診の際にいろんな患者さんについてきちんと質問もできるし、対処もできますので、泌尿器科医としての幅を広げさせてもらったことは非常にありがたいと思っています。また手術を叩き込んでくれた先生もおられ、その出会いも貴重なことでした。
九大にいた当時、いろんな病院を分け隔てせず研修を重ねるという方針があり、それで若いころ多くの病院を回っているんです。それが私にとって良かったと思います。
大学という場所では臨床と研究と教育を行ないますが、どうしても症例が偏ってしまいます。大学で出合う疾患と一般病院で出合う疾患は、科によって違ってくるし、大学では自分の専門だけを磨こうとする傾向があります。もちろん一長一短があり、深みが出る面もあるかもしれませんが、私はたくさんの病院を回って、いろんな人に出会って、多くのことを教えてもらい、それが特に臨床のほうで財産になっています。あちこちの講演先で私の経歴を知って、「先生はいっぱい回っていますね」とけっこう言われます。