九州国際重粒子線がん治療センター 工藤 祥 センター長
釣りが趣味の工藤センター長。今までに釣り上げた一番の大物は70センチ級のマダイ。執筆については「感想文はあまり得意ではないが、専門分野に関するものであれば楽に書けます」と目を細める。その姿がいかにも専門家らしい。
― 治療開始から1年半が経ちました。
予想以上にたくさんの患者さんにご来院いただき、ありがたい思いです。照射装置のトラブルもなく、治療スタッフのチームワークもうまく発揮されて順調な治療ができています。
最初の1年はゆっくりと検証しながら治療していくつもりで、目標患者数は200人としていましたが、結果は300人台。2年目の今年も、まだ途中ですが、目標の400人を上回る見込みで、3年目の目標である650人に近付きつつあります。重粒子線治療を開始した患者さんに加えて、ホルモン治療などを行ないながら待機している患者さんも約200人います。
最初に着手した前立腺が治療部位全体の3分の2を占めています。最近増えているのが肺と肝臓です。そのほかに、治療適応となっているのが頭頸部・膵臓・骨軟部、そして意外なところで直腸がんの術後再発(骨盤内再発)です。
直腸がん再発病巣に対しては第一選択肢として外科的切除が挙げられ、多くが骨盤内全摘術です。しかし侵襲がかなり大きく、失う機能も多いなどの理由により、放射線治療、その中でも線量分布の特性のため重粒子線が適応されます。
短期の副作用はとても少ないという検証データが出ており、治療効果についても現時点で良好です。長期的な成績については今後検証していきます。
― 待ちに待った治療開始でした。
多くの患者さんが重粒子線治療を期待して待っておられました。かかっている病院の主治医から治療適応外と告げられても、ご自分で確かめたいとセンターに直接問い合わせいただくことも少なくありません。
確かに、重粒子線治療は他の治療法に比べて痛みがなく、副作用も治療回数も少なくて済みます。しかし残念ながら、手術や薬物療法、他の放射線療法と同じく、当療法もまた全てのがんについて適応となるわけではありません。がんのタイプ、ステージ、発生場所などによって受けられない事もありますし、保険適用外ですので経済的な問題も無視できません。
また、治療適応となっても、照射治療開始前に数カ月のホルモン治療が必要なケースなど、予想より時間を要したり複雑であることを理由に辞退される患者さんもいます。問い合わせはこれまでに5千件以上、そのうち来院されたのは約1600人、最終的に治療に至るのはそのまた半分程度です。患者さん自身が納得して意思決定できるよう、長所短所含めた正しい情報を知っていただくことが大切です。
― 将来、海外との連携は。
医療に国境はありません。地域に治療施設がまだ整備されておらず、最善の選択肢が当センターである場合は、可能な限り海外からの患者さんも受け入れたい。
しかし、計画している9臓器の治療プランのうち、放射線医学総合研究所で研究中の食道・子宮についてはまだスタートできていません。現段階ではこちらを優先、手を広げ過ぎず日本の患者さんを先に治療したいと考えています。
当センターでは基本的に検査・診断は行なっていません。他医療機関から診断・ステージングがついた対象患者さんをご紹介いただくことで、重粒子線治療のみに専念できています。
また、患者さんは当センターで治療を終えてもそれで完結とはなりません。その後、紹介元に戻ってケアしながら、当センターにも経過観察のために定期的に通っていただかねばならない。そのような理由から、海外の医療機関との連携、患者さんのサポート体制の構築も課題のひとつです。
― 民間経営ですね。
公益財団法人佐賀国際重粒子線がん治療財団、九州重粒子線施設管理株式会社による共同事業です。公益性の高い治療を提供していますが、運営資金の確保がネックでもあります。ありがたいことに企業や個人、医療関係者からの寄付も多く、皆様に支えていただいて成り立っています。
― 次世代の照射装置を備えた3室目の整備は。
3室目になる治療室Cについては、2014年春より準備を開始し、これから装置の搬入とテストを経て2017年に稼働開始する予定です。
現在の装置は、シンクロトロンで加速させた細い重粒子線を治療室に入る直前に広げて、患者さんの病巣に合わせて制作した絞りを通して照射する「ブロードビーム照射」です。
これに加え、整備中の治療室Cには「ペンシルビーム・3Dスキャニング照射」を導入します。加速させた重粒子線を絞りを使わず細いまま照射が可能で、これまで必要だったフィルターなどの制作の時間と費用も省けるため、さらに効率的な治療が可能になります。複雑な形状の病巣に対応しやすくなりますが、一方でブロードビームが得意とする病巣もあるため、互いに補い合うことで最適な治療を実現します。
ブロードビームとペンシルビーム両装置を持つ施設は千葉にもあり、当センターは日本で2カ所目です。治療を望む多くの患者さんに対応できるよう、医療スタッフの増員と養成を行ない、態勢を整えていきます。