熊本大学大学院 生命科学研究部呼吸器外科学 教授 鈴木 実
診療は、目の前の患者さんのため
研究は、将来の患者さんのために
熊本大学の呼吸器外科は7〜8割が肺がんの患者さん。小さい傷で患者さんに優しい胸腔鏡手術に力を入れています。
昔の開胸手術では、傷が20cmほどで、肋骨も1本切っていました。今は手術の8割は胸腔鏡でやれていて、傷は4cmのものが1つと、1.5cmのものが2つ。たとえ開胸手術になっても傷は15cm前後、肋骨を切らなくてすむことが多くなってきました。
肺がん手術による30日以内の死亡率をみると熊大の呼吸器外科は0.1%以下です。これは国立がんセンターと同レベルです。合併症の評価をしっかりしていますし、精一杯がんばっていますから、それもひとつの売りかもしれませんね。
■多施設連携の臨床研究
肺がんの治療は手術で完結しないことも多いです。そこで、術後の再発を減らす目的で、臨床試験にも積極的に取り組んでいます。
今は鹿児島大学や鹿児島県姶良市の南九州病院、熊本中央病院、福岡県大牟田市の大牟田天領病院など一定規模以上の病院と連携し、術後補助化学療法の臨床試験に取り組んでいます。
肺がんの場合の術後補助は、シスプラチンという抗がん剤に何か別の抗がん剤を組み合わせてやるのがいい、ということになっていますが、どの組み合わせが1番いいのか分かっていません。臨床試験ではシスプラチンとTS―1を3コース投与し、その後1年間はTS-1を隔日投与することで、効果と、どのぐらいの人が完遂できるかをみています。
TS-1は、通常2週間やって1週間休み、というのが1コースです。でも副作用がつらく、途中で止めてしまう人が多い薬で、やり遂げる人は6割ぐらいでしょうね。
隔日投与だと投与量は少なくなるけれど、それでも途中で止めてしまうよりはいいんです。副作用が少なく、効果がある方法を模索しています。
術後補助化学療法というのは、目安がないのがつらいですよね。手術で目に見える病巣は取っているので、体の中に、肺がんが残っているのか分からない状態。医師は、抗がん剤を投与した方が治療成績がいいから、と考えますが、患者さんからみたら「治っているかもしれないのに」という気持ちにもなります。
手術ができない人の化学療法は、腫瘍が小さくなったなどの情報が途中でアナウンスされることもあって頑張れるのですが、術後補助はモチベーションになるものがないんです。しかも、やっても再発する方はいます。今後の治療における課題でもありますね。
この臨床試験は1、2年で終わりにしたいという気持ちがあります。多施設連携のため短期間でデータを集められますし、5年10年とかけて試験をしていれば、新薬が出てくるなどして、試験の意味がなくなってしまいます。症例を一気に集積し、評価し、新しい治療法を発信することが、役割のひとつだと思っています。
■需要増す呼吸器外科医
熊大呼吸器外科は、幸いにして毎年入局があります。ただ、来年はまだ分からないですね。熊本県内で呼吸器外科を選ぶ人はまだまだ少ないです。外科全般でそうですが、一線を退いたり辞める人も多いんじゃないでしょうか。外科は大変ということに加え、訴訟のリスクもありますから。
外科医は、劣悪な環境とか忙しい、しんどいと思われがちですが、熊大呼吸器は助け合って、それを最小限にしています。
また、外科の中で呼吸器は夜間の緊急手術がほとんどなく、その意味で、女性にも入ってきてほしいと話しています。産休からの職場復帰にしても、リハビリ的な外来診療や時短勤務など工夫してやりたいと思っていますから、心配せずにきてほしいですね。去年は、ひとり入ってきてくれました。
人生では、仕事をしている期間が1番長くなります。クオリティ・オブ・ワーキングライフ、その人生をよく考えて、本当にやりたい仕事を選んでほしいと思っています。外科医というのは、やりがいのある仕事ですから。
日本の呼吸器外科の手術件数は1990年が2万件、2010年が7万件です。肺がんが多く、原因としては高齢化、喫煙、そのほかpm2.5など大気汚染の影響もあるかもしれません。手術件数がこんなに増えているのだから、若い人がどんどん入ってくれないと困るな、と思っています。
■1日1個以上新しいことを
私自身がやりがいを感じるのは、やはり手術をしている時。術前に合併症があって、本当にできるのかなという状態だった人や、大手術をした方が、退院時やその後の外来の時に、「先生!」ってガッと握手してくれた時、「うれしいな、よかったな」と思うんです。
診療については、目の前にいる患者さんのため、研究は将来の患者さんのため、と思ってやっています。そして、次代を担う後輩の育成もしっかりやっていかなければなりません。
学生たちには「1日1個以上は新しいことを学べ。新しいことがあるはずだ」と言っています。私自身もそうです。そして、よりよい治療を考えていこうと思っています。