朝8時20分発の高速バスで広島に行った。
乗客は6人で、ポルトガル人の夫婦が1組いた。博多バスターミナルにいる時からそわそわしていたので、私も広島に行くからと言い、途中2か所の休憩場所で、カメラを受け取って2人を撮ったり、少し話をしたりした。
夫は63歳で、右ひじにある大きな傷跡を示し、交通事故で追突されたと話した。私が、本当は女にモテすぎて報復されたのだろうとからかうと、彼はケラケラ笑い、次に人差し指と中指が欠損している左手を見せ、「子供のころとても貧乏で、9歳の時に午後から工場で働き、回転するマシーンでこのケガをした」と話した。私はポルトガルに行ったことがないので景色は思い浮かばないが、工場で働く子供の彼は想像できた。
庶民的な中に品を感じさせる人物で、もしも彼が酒好きで近所に住んでいたら、きっと飲み友達になっているはずだ。そして今日のお礼に、私の心にある大きな傷のいくつかを披露するだろう。
バスは定刻の12時50分に広島バスセンターに着いた。原爆ドームに行くのかとたずねると、あなたも一緒に行こうと誘われた。実は私も人と会うまで2時間の余裕があった。でもせっかくの日本である。バスの中では乗客と、広島では広島の人と関わるほうがいい。私は2人を総合案内所まで連れて行き、このポルトガル人夫婦は今夜10時ごろから大阪に行く乗車券を持っていること、原爆ドームを見物する前に手荷物を預けたがっていることなどを言い添えて、「よい旅を」と声をかけ、手を振って別れた。そのあと、知人と会うまでの2時間、平和公園のベンチに座って時間が過ぎるのを待った。