九州大学 大学院 医学研究院 脳神経外科 教授 飯原 弘二
手術が入ったから20分ほど待ってくださいと教授秘書に言われた。
第一線にいる教授を取材する際にはたまにあることで、快諾して教授室の前あたりをうろうろしていた。やがて向こうから、「お待たせしましたー」と太い声で、飯原教授が歩いてきた。手術した患者は70代。平均的な年齢だそうである。
つい先ほどまで人の脳を治療していて、どう気持ちを切り替えて取材に臨むのだろうと不思議な気持ちを抱えながら、教授室に入った。
―脳神経外科の魅力は。
まず、脳神経外科がどんな科であるかを分かりやすく言いますと、多様性のあるキャリアが生まれる基本診療科です。
脳神経外科の大きな分野には脳血管障害と脳卒中があります。医学生は脳神経外科について、顕微鏡の手術や緊急対応ですごく忙しくて、一人前になるまでに時間がかかるというイメージを持っています。
でも脳外科の専門医はいろんなことをやっていて、昔は手術だけでしたが、最近養成しているのは低侵襲の治療です。血管内治療とか神経内視鏡とか、そのようなところを専門にする人もいて、メスを持たない人もいるわけです。あるいはガンマナイフのような定位放射線治療や、リハビリに進む人もいますし、クリニックを開業して頭痛外来をする人もいます。
学生さんからすれば、脳神経外科は狭いイメージのように思うかもしれませんが、外科的な治療から非外科的な治療まで、非常に幅広いキャリアパスがあります。
私は若いころラグビーをやっていて、それと一緒で、いろんな人に自分のできるポジションがあるのが脳外科の魅力です。なおかつ、脳は人を人たらしめている一番大事な臓器で、それを実際に手で触れて手術できるのは脳外科しかないわけです。一番大事な臓器を、じかに手を下して手術できることと、それを対象にした脳の科学の研究もできます。これからもっとも魅力のある、奥が深くて間口も広い分野だろうと思います。
―学生に訴えたいことは。
今は従来の治療に加えて血管内治療もありますし、内視鏡もあります。
顕微鏡の手術ひとつを取っても、細かいところが非常にビビットに見えますよね。今まで分からなかったところが内視鏡で見えたりすることもあるので、むしろ学びやすくなっているのではないでしょうか。手術の模様などもDVDに記録して、若い人に伝えやすいようになりました。
昔は、術者と同じ経験をするのはなかなか難しかったのですが、最近は手術を横で見ている人にも術者と同じ距離感で追体験できるようになりました。手術の録画も3Dで出来ますから、臨床の講義でも伝えやすくなりました。その意味でテクノロジーの進歩は大きいですね。教材としてだけではなく、今まで2次元だった内視鏡が3次元になることで、術者にもよく分かり、手術の安全性も増しているということです。
脳外科というのは、脳の機能を大切にしていますから、自分のやった結果がよく分かり、術者としてもやりがいがあります。いろんな治療方法を持っているので、脳の専門家同士が集まって、集学的な治療が出来ます。
九大病院には、難しくて一筋縄ではいかないような症例が集まってきます。これまで述べてきたようにいろんな治療手段があり、それを学べば生涯の財産になります。
―脳の治療はとても進んでいると聞きました。
超高齢化の中で脳卒中は、死亡率としては肺炎に追い越されて4位になりましたが、寝たきりの原因の1位です。
最近は、脳梗塞はt-PAという薬で溶かす治療に加えて、血管内治療で血栓を回収する治療も行なわれるようになって、治療成績も改善しています。動脈瘤やくも膜下出血についても、より低侵襲な治療が安全にできるようになっています。
―医師になった動機は。
外科医だった親父の影響は大きいでしょうね。親父も京大でした。
外科系は分かりやすくていいし、その中でも割にぴりっとして規律があるところが好きで、京大の中で脳外科を選んだのは学問的な雰囲気にも憧れたからです。当時は脳について分からないことが多かったし、治療が複雑でも奥の深さがありそうだと思ったんです。
京大で教官として働いたことはなく、ここに来る前は国立循環器病研究センター( 大阪府吹田市)に13年ほどいて、昨年10月にこちらに来ました。
今は臨床、研究、教育とすることが多く、大忙しです。その合間をぬって1週間後(8月31日)にはアクロス福岡で、脳神経外科医療の市民公開講座をやるんですよ。
写真は8月31日にアクロス福岡イベントホールで開かれた、第34回日本脳神経外科コングレス総会市民公開講座であいさつする飯原教授。同教授は5月に開催された総会で学会長を務めた。
市民公開講座は飯原教授のほか、溝口昌弘(九州大学医学部脳神経外科講師)、吉本幸司(同講師)、橋口公章(同助教)、高橋淳(京都大学iPS細胞研究所臨床応用研究部門教授)の4氏が、「脳神経外科医療の最前線ー脳を視る、守る、創る」と題してそれぞれ講演、参加者は真剣に聞き入っていた。
参加者には偏向メガネが貸し出され、スクリーンに映し出される内視鏡手術を3D体験する講座もあった。飯原教授の言う「術者と同じ距離感で追体験できる」を実際に味わった。