いろんな人がいる、それが大切です。

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九州大学大学院医学研究院 
臨床医学部門内科学講座 呼吸器内科学分野 教授 中西 洋一

1980 九州大学医学部卒業 九州大学医学部附属病院 研修医 1981 九州厚生年金病院研修医 
1982 九州大学医学部附属病院医員 以降、国家公務員共済組合浜の町病院医師 佐賀医科大学医学部 助手 アメリカ合衆国国立癌研究所留学などを経て1990 九州大学医学部附属胸部疾患研究施設助手1999 同医学研究院助教授(呼吸器病態制御学講座) 
2003 同教授(呼吸器内科学分野) 九州大学病院臨床研究センター長(現ARO 次世代医療センター長) 九州大学大学院医学研究院附属胸部疾患研究施設施設長 2009 九州大学主幹教授 2014 九州大学病院副院長 現在に至る。
■日本肺癌学会理事長 日本臨床腫瘍学会理事 日本サルコイドーシス学会理事 日本呼吸器学会理事 日本臨床試験学会理事 日本感染症学会評議員 日本結核病学会評議員 Tonji University 客員教授 日本化学療法学会評議員 日本呼吸ケア・リハビリテーション学会評議員 日本呼吸器内視鏡学会評議員 一般社団法人ARO 協議会理事長 NPO 治験ネットワーク福岡理事長 西日本癌研究機構理事長 一般社団法人九州臨床研究支援センター代表理事

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 記者さんから、一部の医学会会場の喫煙場所や会場外で、医師が群がってタバコを吸っているのはなぜかと聞かれましたので、まずそれを答えさせていただきます。

 医療をする者がタバコなんか吸っちゃいかん、たったそれだけのことです。何の勉強をしてるんだと。あなたたちがやっている、人の健康に関わること、病気の予防に関すること、あるいは治療するにしても、喫煙者が術後に痰が出せなくて痛くて苦しみ、それで肺炎になるのを見ていながら、どうして吸うの? という当然の疑問です。

 医者に対してというより、ほんの一部の不届き者の医者に言いたいんですけどね。

 たとえばタバコが体によくないことは医者じゃなくても知っていますよ。ただし一方で、タバコを吸うこと自体が違法であるかといえばそうではない。人に迷惑をかけなければ勝手に吸ってくださいというのが今の日本の立場です。その考えの中から、分煙や禁煙のキャンペーンが行なわれています。でもタバコを吸う。なぜか。

 それは、気持ちがいいからですよ。目覚めの一服や食後の一服はとてもおいしい。理由はニコチンが脳の快楽中枢を刺激するからです。人はいろんなつらさをがまんする時に快楽を求めます。それが酒やタバコなどの嗜好品ですよね。

 ただ、嗜好品の中でも、許容できるものと、しがたいものとがあります。酒もカフェインも体には決して良くはない。でもそれらによる健康被害はたかが知れています。大酒飲みは早死にしますが、ほどほどであればそうではない。お茶にはいいところもある。ところがタバコは百害あって一利のない、とてもユニークな嗜好品です。

 快楽を求めてしまう脳の構造と、タバコはいけないというせめぎ合いの中で、勝つ人はタバコをやめるし、負ける人はやめられない。

 タバコがなぜやめられないかというと、実際には意志が弱いとか、精神的にたるんでいるとか、無責任とかではなくて、病気なんです。薬物中毒です。覚せい剤と同じように、やったら自分がひどいことになると分かっているのに、何度も何度もくり返す。

 だからまず、医者であれ一般の人であれ、タバコは嗜好品ということになっているけれども、自分は毒物によって中毒になり、喫煙習慣をずっと維持していることを認識すべきです。

 肺癌で亡くなる方の7割は喫煙者で、毎年7万人くらいの方が喫煙による肺癌で亡くなっている。そしてCOPD、いわゆる肺気腫は今、死因の10位になりましたが、WHOは、数年後には世界の人類死因の3位になるだろうと予測しています。

 そして、肺炎で亡くなる方のすべてがタバコによるものではないにしても、基本的に肺の機能の悪い方、つまりタバコを吸って肺が荒廃している方は、同じ肺炎でも明らかにダメージが違うんです。肺の10のうち半分やられても生き残れますが、5しかない人が5やられちゃうとアウトです。

 それ以外にも、虚血性心疾患はタバコの影響があると分かっていますし、脳血管障害もそうです。

 死因の中で、がん、心臓病、脳血管障害、それから肺炎、このトップ4、四天王の全部にタバコが結びついている。つまりタバコは、死ぬこととリンクしているんですよ。

 言い出したら切りがないのですが、タバコを吸うお母さんの子供はIQが低いです。そして乳幼児突然死症候群になる子供は母親がタバコを吸っていたら4倍なりやすいです。

 これらから、タバコをやめる、あるいは最初から手にしないことが非常に大事になってきます。

 その1つが予防です。最初からタバコに接触しない。

 今の禁煙教育は小学生がターゲットです。昔は20歳くらいが対象で、それから高校生、中学生と年齢が下がってきた。でも味をしめたらだめなんです。中学生はけっこう吸っていますから、そこにアクセスする前だということで、今は小学生を対象に禁煙教育をしています。

 次は、吸い出した人をどうやめさせるかです。これはタバコの害の情報を地道に流していくしかないです。それから、法律で公共の場での喫煙を制限する。あるいはタバコの値段を上げて買いにくくする。自販機で買う際には特別なカードを使うようにするなどです。

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 実はタバコの税収2兆円の問題があります。ところが実際には、タバコを吸うことによって起こる疾病の治療費、休業補償、亡くなることで国民総生産に寄与できなくなるコスト、火事など、喫煙にともなう出費が税収の倍近くあります。だから国民にとっては明らかに損なのです。

 そうは言いながら、あまり過激なやり方には難点もあり、周到で綿密な計画とともに一定の準備期間が必要です。

 たとえば病院においては敷地内を全面禁煙にするべきだとか、それをしない病院は禁煙外来でコストが取れないとか、それはもちろんいいことだと思います。でもそのことによって、実は病院の門の外や非常階段の裏に大量の吸い殻があるとか、ぼやが出るとか、隠れて吸う人が結構いるんです。そのあたりまでしっかり考えなければいけない。

 そして私自身、実は悩んでいることがあります。

 肺癌で亡くなる患者さんをたくさん診てきて、その多くはタバコが体に悪いと知っていて、でも好きだから吸ってきて、肺癌になった人です。

 うちの科は全例告知をします。そして多くの方に余命についても話します。手術や放射線治療の出来ない人を私たち内科が診ることになりますから、多くの方があと1年、あるいは2年ということになります。

 そうすると、悪いと分かっていて、でも好きでやめられなくて吸ってきたタバコを、ここで取り上げていいものかどうか。

 明日のある人には、明日のためにやめなさいと言えても、明日のない人に言えるかというと、そのことについて私は若干たじろいでいるんです。

 回診しているとタバコを吸っている人は臭いで分かるんです。だけどそれをみつけて取り上げることが、その人にとっていいことなのかどうかは分かりません。人にはそれぞれ、生い立ちや考え方、こんな結果になってしまったことへの悔しさ、そういったことを考えると、白か黒かを言えない部分があって、そこはいまだに苦しんでいます。

 私たちの研究で少し分かってきたことがあります。高山君(高山浩一准教授)を中心にしてやったもので、イレッサという薬は、タバコを吸うと効かなくなるという基礎的な実験データが出たんですよ。イレッサの効くがんの細胞にニコチンをかけるとイレッサが効かなくなる。それで、ニコチンに反応しないようにするとまたイレッサが効くようになる。

 そんなことも家族も含めて分かりやすくご本人に話し、これからも長い時間を生きられるようにタバコをやめましょうという話ができそうです。

 趣味は料理と落語です。

 料理は、両親が家業で忙しくしていたので、中学校に持参する弁当を自分で作っているうちに楽しさを覚えました。落語のほうは九大の落語研究会に入り、そこで学んだことは多かったです。

 落語の中には、頭の悪い人やセコいやつ、卑怯な人物などいっぱい出てきます。私が落語を芸術だと思うのは、あれは勧善懲悪ではないんですよ。悪人であってもどんな人物でも、必ずその人たちの生きざまを認めているんです。弱くてもずるくても嘘つきでも、皆それぞれがしたたかに生きている。

 これを、正義の味方にならなければいけないとか、正直に生きなければとか、清く正しくがいいのだということになれば、そうじゃない人たちは悪い人だということになります。でも、悪い人にも悪い人なりの事情がある。その事情をよく見てみると、どこかに救いがあることをすごく感じたんですよ。誰にも自分の理屈があるんです。それを落研で教えられました。

 それは医学に役立っています。いろんな事情や背景のある患者さんに素直な気持ちで向きあえますから。

 人間は善か悪かではなく、最後には好きか嫌いかになる。でも好きでも嫌いでも、琴線に触れるところに話がいくと、人間ってみんないいな、ということになりますよね。

【記者の目】

 中西教授のインタビューを終えて教授室を出た。九大病院の門に向かって歩いていたら、小児救急の入口付近で道路脇に座って、タバコを手の内側に隠し持って吸っている白髪の女性がいた。

 私は立ち止まり、病院の敷地内は全面禁煙ですよと小声で言って、通院ですか、お見舞いですかとたずねると、肺癌で入院していると言った。

 高山准教授の肺癌勉強会には毎回参加し、もうじき外泊が許可されると言って、遠くを見つめた。その顔に表情はなかった。

 タバコはおいしいですよね。ほんの数分前の中西教授との会話を思い出しながらそう言うと、「もう先がないから」。わずかな時間だったが、その言葉を3回聞いた。

 どうもありがとうございましたと、理由のない、しかし心からの言葉を残してその場を去った。(川本)


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