阿蘇市国民健康保険 阿蘇中央病院 病院長 甲斐 豊
阿蘇中央病院はJR阿蘇駅から徒歩で約10 分。今年8月6日にはさらに新築移転で近くなる。病院名も「阿蘇医療センター」になり、これまで以上に地域医療の信頼と責任を担うため、病院の機能・体制の強化に努めている。
阿蘇地区で公的医療を担う中核病院は当院だけですが、私が今年の1月に院長に就任して感じたのは、まだまだ中核病院の役割を発揮できていないことです。現状では阿蘇地区の病病連携はうまくいっておらず25~30%の紹介率です。また阿蘇地区は専門病院が少なく、治療が難しい患者さんは、ほとんど熊本赤十字病院に搬送しています。
阿蘇地区は、1年間に救急搬送が約3千件発生します。そのうちの40%くらいの患者さんが、熊本市内の高度医療が可能な病院に搬送され、60%を阿蘇地区の病院が引き受けます。しかし脳外科、循環器の患者さんに限ると、割合が逆転します。
専門医が少ないこの地区で、専門病院、中核病院の機能を果たせていないのが最大の課題です。
熊本大学に、医療再生基金をベースにした脳卒中・急性冠症候群医療連携寄附講座があります。
3年前から寄附講座に所属する、脳外科医の私、ほかに循環器、神経内科、リハビリの先生の4人が当院に派遣されました。
阿蘇市長から「今年8月6日に新築移転するのを期に病病連携と救急体制のテコ入れをしてほしい」と要望を受け、私が院長に就任しました。
就任して最初に取りかかったのが、脳卒中治療の実態調査です。
急性期の脳梗塞患者さんに最初に行なうべき治療にt-PA 治療(血栓溶解療法)があります。脳の細胞が死んでしまう前に血管を詰めている血栓(血の固まり)を溶かし、血流を再開させ、脳の働きを取り戻す治療法です。
動脈が詰まって間もないうちに、血液の流れを回復させれば、症状も軽く済みます。脳卒中が起こって3時間以内に治療を開始することが重要ですが、阿蘇地区で発症した治療適応のある11人の患者さんのうち、実際に治療ができたのは1人だけでした。3時間以内に行なうべき治療なので、救急車で熊本市内に搬送していると間に合わないのが最大の原因です。
このような状況下では、急性期の脳卒中治療はできないと判断し、患者さんは、まず当院に搬送してもらうようにしました。CTは24時間できます。脳卒中だと判断できる専門医が不在の場合は、PDA(携帯情報端末)などIT機器を使用してCT画像を熊本大学病院に送り、治療が出来るかどうかを判断するシステムを作りました。
t-PA 治療ができると判断された場合、昼間や天候が良い時はドクターヘリ、夜間・天候不良の場合、救急車内でt-PA 投与をしながら大学病院に搬送します。これまでは熊本市内の病院に搬送した後に点滴をしていたので、大幅に時間が短縮される結果になりました。
このシステムは日本ではまだ少なく、「Drip andShip」といいます。1年前から運用し始め、6人の患者さんにt-PA 治療が行なえました。
熊本県では今年度から県内の11施設で、このシステムを運用する準備をしています。県全域で取り組んでいる地域はまだないので、モデル事業になると思います。脳卒中でうまくいけば、急性期の心臓疾患にも応用できます。新病院ではカテーテル室も導入するので、これまで他の病院に搬送していた患者さんを当院に搬送してもらえると考えています。
がんの疑いがある組織を診断するには、今までは、熊本市内の病理医がいる病院に送っていましたが、結果が分かるのに4日以上かかり、迅速な診断ができませんでした。
当院には6名の臨床検査技師がおり、その中に細胞検査士の資格を持った技師が在籍しています。新病院では、阿蘇中央病院で取り出した組織を遠隔診断で大学病院と結び、病理部と連携して診断ができるようになります。
地域完結型医療の推進をしていて、医師会や地域の医療機関・施設との連携強化、地域医療連携システムの構築、開放型病床・外来の開設、紹介元への患者依頼の徹底を行なっています。
これまで精度の高いMRIがありませんでしたが、新病院では新しい機械を導入し、脳ドックも開始する予定です。昨年12月にはDMAT隊も結成し、医師1名、看護師2名、業務調整員2名の体制で稼働しています。
全国で医師不足は大きな問題です。新しい病院では機能強化、最新医療機器が入り、病院の魅力が増すと思うので、一人でも多くの医師が在籍してほしいと願っています。
医師が病院を選ぶ時に重視するのは住環境です。医師住宅を6棟新築し、病院の全館でWiFi接続も可能にします。
またレストランは阿蘇ならではの食材を活用し、院内やお見舞いに来た人だけでなく、観光客にも来ていただけるようにしたいと思っています。