長崎大学大学院移植・消化器外科/長崎大学病院第二外科教授 江口 晋
長崎外科は132 年の歴史があり、移植・消化器外科(第二外科)は昭和9 年に第一外科と第二外科が誕生して以来、80 年の歴史がある。日本の医局の中では比較的若く、活気に満ちている。教授自身も47 歳。若い力と情熱で教室を引っ張っている。
―臨床面で力を入れている取り組みは。
高難度手術や先進医療を行ない、長崎県民・日本国民に安全な医療を提供し、情報発信することが大学病院の外科の使命だと思っています。長崎大学で学んだ知識・技術を、地域の病院や県内に数多くある離島へ還元し、地域に根差した医療に貢献しています。
私の専門は肝移植で、当科では現在198例の手術実績があります。私は困難な症例を中心に執刀していますが、なるべく若い人にチャンスを与えるようにしています。今後は膵臓移植、膵島移植、小腸移植など消化器全般の移植に力を入れていきたいと考えています。
テクノロジーやテクニックは日進月歩で進化しています。我々は消化器外科を中心に、食道、直腸、胃などの臓器への低侵襲手術を突き詰めていくことに尽力しています。今年の8月にはダヴィンチを導入しますので、テクノロジーの進歩に我々が追いつき、使いこなせるように努力していきます。
―カザフスタンで生体肝移植を成功させて「カザフスタン共和国保健分野功労賞」を日本人で初受賞したそうですね。
カザフスタンは旧ソ連時代に核実験が行われたセミパラチンスク核実験場がある国で、長崎大学は以前より被ばく医療の分野で同国と協力・交流してきました。1996年に第一例目の脳死肝移植が施行されるも、残念ながら良い結果が得られず、その後2011年にベラルーシのチームが参加して第一例目の生体肝移植が行なわれるまで、肝移植プログラムは事実上ストップしていました。長崎大学では4回の訪問で計6件の生体肝移植を行ないました。
医局教室にもカザフスタンの留学生が一人おりますが、受け入れを積極的にしています。今後もカザフスタンで肝移植を継続していくためには人を育てていかなければなりません。
―研究面では。
移植・再生医療とがんの研究に力を入れています。未来の患者さんを救うには再生医療の発展が不可欠だと考えています。
iPS 細胞など、種となるものは京都大学の山中教授が研究・発展されていますが、それを患者さんに届ける役割を我々が担っていかなければいけないと思います。消化器全般で再生医療の研究を進めていて、食道については東京女子医大とタイアップし、患者さんの口腔粘膜で細胞シートを作り、食道がんの患部に貼り付け、狭窄を防ぐ治療を行なっていて、現在6例の実績があります。
がんの研究では、消化器癌全般、乳癌、甲状腺癌を中心に取り組んできました。がんの研究、手術後の再発抑制を教室のテーマにしています。
―対馬の勤務( 現=中対馬病院) が大きな経験になったのでは。
大きな病院だと先輩医師の指示に従うだけになりがちですが、離島では、自分しか手術ができる医師がいない状況に置かれます。手術は必ずやり遂げなければいけませんので、自分の頭で考えて手術するトレーニングを積むことができました。ある意味で閉鎖された環境の中で、自分は患者さんにどういうことができるのかを自問自答する時間が与えられ、いい経験でした。
大学にいると先端医療へ目が向きがちなので、医師としてある程度の実力が付いたら、離島に赴任し、広い視野で外科医療を見つめることも必要です。
―ブラックジャックセミナーについて。
先代の兼松隆之教授が、2005年7月から始めた、小中高校生に外科医の仕事を体験してもらうセミナーです。毎年開き、今では全国に広まっています。子供たちは手術着を着、鶏肉を電気メスで切ったり縫合したりと、仮想の手術体験をします。このセミナーをきっかけに刺激を受け、将来、外科医を目指す人が一人でも増えれば幸いです。実際、過去にブラックジャックセミナーを受けた人が当大学の医学部に入ってきています。
―医局員に求めることは。
手術の現場では安全性、根治性、先進性の順番を重視するようにと言っています。先進性を重視して安全性を損なうことを患者さんにしてはいけません。自分たちで何でもできると考えるのは外科医のエゴと思います。
教室のスローガンは、「Best Surgery for Nowand Future」です。現在の患者さんを助けるのが手術で、未来の患者さんを助けることが研究、教育です。我々の使命は、現在と未来の患者さんに最高の外科治療を届けることです。
外科医は自分の手で患者さんの命を救うことができ、大変やりがいがあります。しかし仕事は楽しんでやらないと続きません。いろいろなことに楽しみを感じながら、休みもしっかり取って、長く外科医を続けてほしいと思います。女性の外科医もたくさんいますが、結婚、出産、子育てで休みを取らざるを得ない時は最大限のバックアップをしています。
オランダ留学時に「手だけを使って手術する外科医はテクニシャン(技術者)だ。本当の外科医は手と頭を使わなければいけない」と教えられました。教室の外科医には、手と頭に加えてハートを込めた手術をしてほしい。その3つが備わっていないと患者さんや家族に、「この先生に手術してもらって良かった」と感じてもらえないと考えます。
教室員は家族と同じです。多くの問題や悩みが発生しますが、それを共有して共に解決し、外科医人生を豊かなものにすることが我々の役割だと思っています。