医療法人わかば会 理事長 浜野 裕
医療法人わかば会は、俵町浜野病院を中心に、佐世保市内で医療と介護を提供している。同法人が運営する住宅型有料老人ホームわかばテラスでは、1千坪の庭園を利用した「里山療法」を実践し、認知機能の改善効果の実証を行なっていた。
俵町浜野病院の創業は1950年。2004年に増改築した7階建ての1階が外来、2階がリハビリとデイケアセンター、3階が一般病棟26床、4階に医療療養病棟38床、5階が3ユニット24床のグループホームだ。
グループホームでは認知症の患者様を診ます。私は循環器内科が専門ですが、超高齢化社会をむかえ認知症患者が400万人を越すといわれる現在の日本では「認知症は専門外だから診ない」と言っていられない時代です。
私の父は北九州の小倉で開業医だったのですが、私が小学校に入学する直前に、46歳の若さで直腸癌を患い亡くなりました。ですから私もいずれは癌になるのではないかと思っていました。ところが今から15年ほど前に「癌は生活習慣病である」との考え方が米国癌研究基金から発表され、私はその記事を食い入るように読み、癌から遠ざかる生活(癌の一次予防)について興味を持って調べ始めました。こうして得た知識を多くの方々に伝える必要があると考え、市民向けに「わかば健康教室」を2007年から病院で始めました。
一方私の母と妻の両親(義父が初代の浜野病院の院長)の三人は認知症になり、それがきっかけで私達は認知症に大きな興味を持つようになりました。しかし認知症は慢性の進行性疾患ですので、薬剤だけでは改善されず、医師として治療の甲斐のない病だという思いでいましたが、できる限りの医療と介護を行いました。当時、私の患者さんの中にも認知症を発症される方々が増えていました。
2008年3月、私は地球温暖化対策として、病院の屋上に約60㎡の菜園をつくり、そこに様々な植物を植えました。そしてデイケアに来られた方々に野菜の種や苗を植えていただき、自らそのお世話をしていただきました。皆さん2階のデイケアから屋上の菜園に出るのをとても楽しみにされ、喜んで野菜の育成を見守っていました。そして8月、収穫の時、私はその時のお年寄りの姿を見て驚きました。デイケアやリハビリの中ではあまり活発に動かなかった方々が、一生懸命腰を曲げ、膝を折って、腕を伸ばし、実った作物を収穫していきます。しかもその動作が素早い。収穫した野菜を手にした方々はみんな笑顔で、瞳はキラキラと輝いてとても生き生きしている。そして会話が弾んでいる。私はこうした姿を見ていて食べられる植物を育てる活動は人を元気にする力があると確信しました。
こうした活動をデイケアの中で経験した方の中には、家に帰って、今までやらなかった夕食の支度の手伝いをしたり、家事の手伝いを始めたりする方が増えているという報告を聞きました。私はこうした活動が認知機能を改善するのに役に立つのではないかと思うようになり、翌2009年にデータを取ってみました。園芸作物を植え・育て・収穫する過程で、数量を認識していただくように働きかけると、MMSE( ミニメンタルステート検査) は改善されました。
このデータをもとに2010年に京都で開かれた第1回アジア慢性期医療学会の認知症のセクションで里山療法の効果を発表し、ベストポスター賞をいただきました。
2010年わかば会60周年記念事業 わかばテラスを開設
そうした活動をふまえ、私達が考える里山療法の舞台として、2010年に有料老人ホームわかばテラス(67室75床)を開設しました。今まで行なってきた活動を本格的にやってみようという思いからです。グループホームやデイケア、デイサービスというのは、施設の中でそれぞれの活動を行いますが、それだけでは物足りなかったのです。私は植物を育てることで人が元気になることを実感していましたから、屋外での活動を取り入れることは自然な流れでした。
人間が元気になるには脳だけではなく、足腰も丈夫でなくてはなりません。森林の中を散策することで自律神経機能が改善し、NK細胞が活性化します。そこで、運動療法を取り入れるために高低差がある里山のような庭を作りました。庭に畑や水田を点在させ、そこをぐるっと一周散策すると、だいたい800mあります。こういった園芸活動と運動療法を合わせて、「里山療法」と呼んでいます。もち米を収穫して餅つきをしたり、採れたてのトウモロコシを生で食べたりと、とても楽しんでもらっています。米の脱穀など滅多にやりませんから、皆さん喜んで作業されます。
トウモロコシは自分で種を植え、茎の高さを測ったり、葉の数を数えたりして、成長記録をつけてもらっています。認知症では間違いでも褒めるやり方で認知機能を改善させる方法もありますが、私はできなかったことができるようになる喜びを感じてほしいと思っています。
昨年よりも難しい計算ができたり、数字の書かれていない竹尺で長さが測れるようになったりと、1年1年、自分で試行錯誤されるのもいいですね。
でも手のかかる難しい部分は職員がやります。
わかばテラスの入居者にとって、庭の手入れをする職員は陰のヒーローなんですよ。「自分たちにとって大事なことをしてくれた」という感謝の気持ちをもっておられます。
そして、わかばテラスのもう一つの良いところは、住宅型であるところです。住宅型の有料老人ホームでは認知症でない方もお住まいです。最初のうちは疎外感を持たれた認知症の方も、元気な方と共存できるようになりました。
高齢でも元気な方が認知症の方を気遣ってくれる。その中で人の役に立つという「生きがい感」を得られる。認知症の方も次第に穏やかになります。御高齢の方々のQOLは、この「生きがい感」が重要だろうと思ってやっています。ある男性入居者さんが「生きている限り生き抜きたい」とノートに書かれた時はうれしかったですね。
- 番組放送のお知らせ
- 超高齢化社会を目前に「認知症・在宅・これからの高齢者医療」という観点で、わかば会が取り組む医療、介護現場の現状が番組で紹介される。
- 放送日=2013年9月22 日(日)
- 放送時間=午後2時~2時55 分(55分番組)
- 放送局=BS日テレ(BS4チャンネル)
- タイトル = 長崎スイートピー物語~認知症・在宅・これからの高齢者医療~