九州合同法律事務所 弁護士 小林 洋二
医療現場での法律運用に戸惑いがあるとの声をよく聞く。訴訟を警戒するあまり医療者が萎縮するとの危惧も耳にする。「インフォームドコンセントは実際にどこまで必要か」、「異常死届出の範囲を知りたい」など具体的な疑問もある。それを踏まえ、九州合同法律事務所の小林洋二弁護士に投稿をお願いした。当紙としては初の試みである。忌憚のない感想や、要望を寄せていただけたらありがたい。
医療事故と法律(1)
厚労省は「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」のとりまとめを踏まえ、今年の秋の臨時国会での医療法改正に、医療事故調査制度創設を盛り込むことを予定しているようです。
医療事故調査制度の議論は、横浜市立大学患者取り違え事故と都立広尾病院消毒薬誤点滴事故が大きく報じられた1999年に始まります。相次いで報道された高度医療機関の初歩的ミスによる医療事故に、医療安全を求める世論はかつてないほどに高まりました。
国立大学医学部付属病院長会議は、これに対応して「医療事故防止方策の策定に関する作業部会」を設置、2000年5月に中間報告を発表します。日本の医療界で、「医療事故が発生した場合は、病院として、速やかに事故原因を調査究明し、再発防止に万全の措置を講ずることが必要である」という考え方を最初に示したのは、この報告書だと思います。
2001年5月に設置された厚労省の医療安全対策検討会議では、事故調査の制度化が議論されました。翌年七月に設置された「医療に係る事故事例情報の取り扱いに関する検討部会」の議論を経て、2004年10月から財団法人日本医療機能評価機構による医療事故情報収集等事業が始まります。
一方、都立広尾病院事件で、病院関係者が医師法二一条の異状死届出義務違反で有罪判決を受けたことは医療界に大きなインパクトを与えました。2004年2月、日本内科学会、日本外科学会、日本病理学会、日本法医学会は共同声明「診療行為に関連した患者死亡の届出について〜中立的専門機関の創設について〜」
を発表、医療関連 死の届出を統括し、検証機能を有する専門的第三者機関の設立を求めました。同年九月には、ほぼ同趣旨の見解が一九学会共同声明として発表されています。
2005年9月に開始された、「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」は、このような医療界の声に応えるものとして構想されたものでした。
このモデル事業の成果を踏まえて、本格的な医療版事故調創設に向けての議論が始まります。2008年には「医療の安全の確保に向けた医療事故による死亡の原因究明・再発防止の在り方に関する試案-第三次試案」及び「医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案」が発表されました。
しかし、この厚労省案に対しては医療界の反発が強く、法案提出に至らないままに、2009年の政権交代によって棚上げ状態になってしまいました。
この議論を復活させたのは、民主党政権が「医療行為の無過失補償制度の導入」を政策として掲げたことです。厚労省に設置された「医療の安全・医療の質の向上に資する無過失補償制度等のあり方に関する検討会」で、「損失補償が医療の安全・医療の質の向上に資するとすれば、事故原因の解明により再発防止策が講じられることが前提ではないか」との意見が大勢を占め、この検討会内部に設置されたのが、冒頭に紹介した「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」です。
この検討部会のとりまとめに沿って、これから法案やガイドラインがまとめられることになります。
次回以降、この事故調査制度の論点を含め、医療事故に関係する法律問題を考えてみたいと思います。
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