県内医療の最後の砦に

  • はてなブックマークに追加
  • Google Bookmarks に追加
  • Yahoo!ブックマークに登録
  • del.icio.us に登録
  • ライブドアクリップに追加
  • RSS
  • この記事についてTwitterでつぶやく

宮崎大学附属病院 病院長 池ノ上 克(いけのうえつよむ=66)

044.jpg

ドクヘリ導入は全国29番目。県民医療の砦として毎日飛んでいる。

045.jpg

インタビューの直後、山の作業で大けがをした男性がドクヘリで搬送されてきた。左は金丸勝弘、白尾英仁両医師。右は池ノ上院長

宮崎県に唯一の大学病院として、県内医療の最後の砦として県民に頼られ、大学病院としても質の高い教育・研究を維持していくことが当院の役割です。3年前、県と延岡市の寄付講座として地域医療学講座を設け、病院で患者を診たり学生の教育をするためのカウンターパートとして地域総合医育成センターも作りました。それに加えて地域連携室ではソーシャルケースワーカーが、さまざまな病院と連携を図っています。

私自身は産婦人科医として周産期医療の地域化を図るため、県全体で年間およそ1万人の妊産婦について、一次の診療所、二次の国公立総合病院、三次の大学病院と任務分担し、リスクが高いほど後方の病院が受け取る体制作りに10数年取り組んできました。これは周産期分野だけでしたので、院長になってからは救命救急センターのベッド数も20床に増床しました。同時に総務省のドクターヘリ計画と合わせ、もって本大学病院を県の救急医療の最後の砦とすることを4月にスタートしました。毎日のようにヘリが飛んでいます。

病院の改革は順調に進んでいます。救急医療をもっと幅広くやろうと考えていた時に、ちょうど国の予算がつきました。

人材面でも救急医療をやりたいという若い人がたくさん手を挙げてくれたので、医師14名、看護師43名という全くの新規部門がスタートできたのです。宮崎県は行政と大学の思いが同じ所にあったので、キックオフが上手くいったこともあります。

ドクターヘリは全国29番目の導入で、日本全体で34機となります。ドクヘリを扱ったテレビドラマのコードブルーは日本医科大学千葉北総病院の救命救急センターがモデルでしたが、その中心メンバーだった金丸勝弘医師に来てもらっています。

ドクヘリも大学側から喜々として手を挙げたのはうちぐらいじゃないでしょうか。

30分以内に治療がはじまれば救命率が高くなりますが、宮崎県は高速道路網が充実していない。ヘリなら大学から30分以内にほぼ県内全域に行くことができます。そして何よりも、やりたいという医師が多かったことです。大学周辺の住民にヘリの説明会を行なった際にも、反対はほとんどありませんでした。

ドクヘリは原則として救急隊員が要請するので、そのための勉強会を相当行ない、少しでも緊急性があるなら迷わずに呼んでほしいと伝えています。呼ぶことを数分でもためらったために命に危険が及ぶことはあってはなりません。

国の補助は平成26年度までなので、その後の財源を確保できるかどうかが今後の問題です。県の補助と共に大学が独自の財源を確保できるかです。

宮崎県は僻地が多く、滑落や工事現場の事故の患者を市町村から搬送することが多々あり、市町村から一定の評価を受けていると思いますので、地域の行政単位やそれを束ねる行政部からサポートがもらえれば、順調なランニングができると思います。

宮崎大学はペプチドたんぱくの研究について顕著な研究業績をあげてきたこともあり、研究面でのインパクトファクターは高いものがありましたが、社会制度や設備、体制が不十分だったので、県内医療の最後の砦としての役割は必ずしも満足いくものではありませんでした。今、いろんなことが可能になってきたのは、当大学を卒業生した50代前半の医師が医療の最前線を担っていることと、医療に関わる県の行政担当者(福祉保険部、病院局など)との連携がうまくいっていることにあると思います。

これからの課題として、日本全体のことでもあるのですが、基礎医学教育や研究は相当進歩している反面、臨床医学の教育・研究は先進諸国に遅れをとっています。救命救急でいろんな患者が運ばれてきますが、どんなに手を尽くしても助けられない患者のグループを科学者の目で観察・分析し、浮かび上がってきた問題を基礎の領域とコラボして解決し、それを臨床に反映させる手法が十分行なわれていません。

意外に思うかもしれませんが、これはむしろ地方の大学がやりやすいのです。大学病院なら、県内で1万人の新生児が生まれた場合でもすべての情報を把握できるわけですから、分析できるようにデザインして現在動いています。

がんや心臓病など、いろんな疾病について把握し分析する体制を作ることが大学病院の役割です。都市部では大学病院が多いために全体像を浮かび上がらせるのが困難でも、地方大学ならではの意義ある全県調査ができるのです。大学病院は患者を診て、治療をしっかりして、その中から見えてくる研究シーズを臨床医がつかみ取る能力を持つこと、そしてそこに研究が成り立つ附属病院でありたいですね。難しいことではないですよ、みんなで仲良くやるだけです。

趣味ですか? 50歳以上で作る町内ソフトボールチームに入っています。学生時代は陸上選手でしたが、今はたまにジョギングする程度ですね。医師になったのは、直接相手の役に立つことができるから。悪いところを手術して患者が元気になるのに役立てれば、単純で良いと思ったんです。

《プロフィール》
1970-鹿児島大学医学部卒業
1972-鹿児島市立病院産婦人科 医員
1973-南カリフォルニア大学医学部 産婦人科周産期医学部門 留学
1980-カリフォルニア大学アーバイン校産婦人科 留学
1990-鹿児島市立病院産婦人科 部長|同周産期医療センター 所長
1991-宮崎医科大学産婦人科 教授
1996-同周産母子センター 部長
2000-宮崎医科大学医学部附属病院 副病院長
2003-宮崎大学医学部附属病院 副病院長
2007-宮崎大学 医学部長
2010-宮崎大学医学部附属病院 病院長
専門領域:周産期医学

九州医事新報社ではライター(編集職)を募集しています

九州初の地下鉄駅直結タワー|Brillia Tower西新 来場予約受付中

九州医事新報社ブログ

読者アンケートにご協力ください

バングラデシュに看護学校を建てるプロジェクト

人体にも環境にも優しい天然素材で作られた枕で快適な眠りを。100%天然素材のラテックス枕NEMCA

暮らし継がれる家|三井ホーム

一般社団法人メディワーククリエイト

日本赤十字社

全国骨髄バンク推進連絡協議会

今月の1冊

編集担当者が毎月オススメの書籍を紹介していくコーナーです。

【今月の1冊, 今月の一冊】
イメージ:今月の1冊 - 88. AI vs. 教科書が読めない 子どもたち

Twitter


ページ上部へ戻る