【くろき・としひで】1983年九州大学医学部卒。九大医学部附属病院精神神経科助手、同大学院医学研究院助教授を経て、2007年から 国立病院機構肥前精神医療センター臨床研究部長、医師養成研修センター長。(撮影=大塚和行)
最近は精神科の敷居が低くなったと黒木医師は話す。今の社会がこのまま進めば、もっと当たり前になるだろうとも言う。
「わたくしどもの病院(肥前医療センター)でも、こんなに田舎で交通の便も悪いのに、外来の患者さんは1日200人を超えます。20数年前は1日50人も来ていなかったはずです」
―昔と違い、堂々と来られる時代なのでしょうか。
「最近の4人に1人は、自分の子供についての相談です。かつては地域社会や家族が支えていたものが支えられなくなり、私たちが受け皿になっている面もあるでしょう。
精神科に対するスティグマ(負の印象)も少しずつ変わってきていることと、メンタルヘルスがこれほど国民の中で重要視されるようになると、精神科医や臨床心理士だけでは抱えられなくなります。家庭医などにもうつ病の診断ができるようにしてもらおうという流れがあり、日本の医療全体ををどうリフォームするかという課題にもなっています」
―早いうちに周囲が気がついて発症を予防するのはむつかしいことですか。
「早期に介入することはとても大切でしょうね。そこで職場のメンタルヘルスも重要になってくるわけです。これからは日本で暮らす外国人への配慮も必要でしょうね。しかし日本の社会は依然として、昔ながらの感覚です。単一民族国家という幻想は捨てた方がいいでしょう」
- 【記者の目】
- 黒木医師の趣味は音楽鑑賞。なかでもブラジル音楽や60年代のジャズについては評論家でやっていけそうなほどだという。そのことに話は及び、米国社会の中で黒人文化が変わり、ジャズの歴史は終わったと言った。そしてフランスの哲学者リオタールの言葉「大きな物語は終わってしまった」を引用し、社会がどんどん進歩していくという神話は70年代ごろに終わり、音楽の世界でも、技術的には優秀でも時代的な必然性がなくなったが、先ごろ引退した宇多田ヒカルはセンスがよく、今を生きているという感じがしたと褒めた。その話を聞きながら、黒木医師は精神医療の分野でも世界を、このような時間の目でも見ているかも知れないと思った。(川本)