第24回 日本軟骨代謝学会【特別講演】

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ベッドサイドから、ゲノムへ、ゲノムから軟骨代謝へ
-- 医科遺伝子学による軟骨代謝の解明
理化学研究所 ゲノム医科学研究センター 骨関節疾患研究チーム
池川 志郎 チームリーダー

理化学研究所 ゲノム医科学研究センター 骨関節疾患研究チーム 池川 志郎 チームリーダー

近年の医科遺伝学(Medical genetics)の進歩により、多くの疾患の遺伝的要因が明らかになりました。

メンデル式の遺伝をする狭い意味での遺伝病(単一遺伝子病)においては、患者さんの家系を用いた連鎖解析や表現型を出発点とした候補遺伝子アプローチにより、多くの原因遺伝子が発見されました。また、これら狭義の遺伝病だけでなく、変形性関節症、椎間板ヘルニア、骨粗鬆症といったcommon disease(一般人の中にも非常に高い頻度でみられる病気)、いわゆる生活習慣病にも、遺伝的要因が深く関わっていることが明らかになりました。

これらcommon diseaseは、複数の疾患感受性遺伝子からなる遺伝的要因と環境要因の影響によって起こる多因子遺伝病として考えられています。

このような病気と遺伝子の関係を読み解いていく鍵が「遺伝子多型」です。遺伝子多型とは、私達のプログラムであるゲノムの塩基配列の個人差です。私達がみな同じ人間でも、少しずつ違いがあるように、そのプログラムにも、少しずつ違いがあります。ゲノム解析の進歩により、この遺伝子多型を用いて、common diseaseの疾患感受性遺伝子の同定することが可能となりました。

私のラボでは、骨・関節疾患の遺伝子の解明に取り組んでいます。遺伝学の基本である表現型の解析をもとに、ヒトとマウスで得られた知見、単一遺伝子病と多因子遺伝病で得られた知見を統合して解析することにより、効率的に遺伝子を同定し、それをもとに疾患の分子病態に迫ろうとしています。ここでは、自経験例を中心にゲノムからみたこれからの軟骨代謝研究、骨・関節疾患についてお話したいと思います。

変形性関節症は関節軟骨の変性、消失を特徴とする疾患です。骨や関節の疾患の中で最も発症頻度の高い疾患のひとつで、日本だけでも今や約1000万人の患者がいますが、これまでその原因は不明でした。上述の、遺伝子多型を用いた相関解析という手法により、これまで謎であった変形性関節症の原因遺伝子を発見することができました。

変形性関節症の遺伝子「アスポリンの発見とその分子病態の解明」について

まず、最初に見つけたのは、アスポリンという遺伝子です。アスポリンは細胞の外の基質に存在するタンパクで、変形性関節症の軟骨で発現が著しく上昇します。アスポリンに含まれるアスパラギン酸(D)の繰り返しのうち、14回の繰り返し(D14多型)が、変形性関節症を起こし易いことがわかりました。D14多型を持つ人では変形性関節症のリスクが2倍になります。

アスポリンはTGF-βという軟骨細胞の主要な成長因子と結合してその作用を抑制し、軟骨細胞の働きを抑制します。この TGF-βを抑制する作用が、D14を持つアスポリンで特に強いことが、変形性関節症の罹(かか)り易さの違いに繋がるようです。

これらの成果は、変形性関節症の原因、病態を遺伝子レベルで解明した世界で初となる研究成果で、今後アスポリンとTGF-βの関係を詳細に解析することによって、関節軟骨を維持するメカニズを明らかにするとともに、関節症の画期的な治療、治療薬の開発に繋がるものと期待されています。

軟骨の特異的な成長因子「GDF5」を同定

GDF5 (growth differentiation factor 5)は軟骨に特異的な成長因子で、関節の形成や軟骨細胞の分化に関わっていることが知られていました。そこで、変形性関節症とGDF5との関連を調べました。GDF5遺伝子領域の内の遺伝子多型について、日本人の変形性股関節症患者で相関解析を行ったところ、遺伝子の発現を調節する領域にある多型に非常に強い相関が見つかりました。

関節症患者の約80%がこの多型の感受性アレルを持ち、感受性アレルを持つ人は、持たない人に比べ、約1.8倍も変形性股関節を発症し易いとわかりました。次に変形性膝関節症で同様の解析を日本、中国、ヨーロッパで独立に行ったところ、変形性股関節症で相関を認めた多型において、すべての人種で同様に相関のあることを確認しました。

すなわち、GDF5が関節の部位に関わらず変形性関節症全般に影響があり、人種を超えて世界中の多くの人々の関節症を発症しやすい体質を規定する因子である可能性が明らかになりました。さらに 関節症感受性アレルでは、GDF5の転写活性が低下していることを証明しました。GDF5は変形性にならないように軟骨を保護しており、その転写活性の量が低下すると関節症を発症しやすくなると考えられます。

今回の発見をもとにGDF5と変形性関節症の関係をさらに詳しく調べることで、これまでにない新しいタイプの変形性関節症治療薬の開発が可能になります。またGDF5の遺伝子多型の情報とこれまで知られている感受性遺伝子の情報を組み合わせることにより、変形性関節症をどの程度発症しやすいかを事前に予測することが可能になります。今回の発見は、変形性関節症のオーダーメイド医療に向けての新たな一歩となります。

骨格形成、軟骨代謝に必須の新規遺伝子SLC35D1を発見

脊椎動物の骨格は、いったん軟骨により骨格の鋳型が形成され、これが後に骨に置換される内軟骨骨化という過程を経て形成されていきます。この過程は、多くの遺伝子が関与する複雑なステップですが、その全貌は未だ明らかではありません。骨格の形成過程の異常は、骨系統疾患と称される先天的な骨格形成の異常をきたす疾患や、変形性関節症、椎間板ヘルニアなど一般人の罹患率の高い骨・関節疾患の原因となります。このため、骨格形成機構の解明は、生物学だけでなく医学上の大きな課題となっています。

我々は、糖ヌクレオチドという分子の輸送に携わるSLC35D1の遺伝子を欠損するマウスを作製しました。このマウスは四肢や背骨の形成の異常を示し、出生直後に死亡します。このマウスでは、軟骨の細胞外マトリックスの主要な構成成分であるアグリカンという分子に異常があることがわかりました。

アグリカンには、1分子あたり100本以上のコンドロイチン硫酸鎖(CS鎖)という糖鎖が付加されます。SLC35D1遺伝子欠損マウスの軟骨組織では、CS鎖の含量が4分の1に低下し、鎖の長さが半分に減少していました。この結果は、SLC35D1によって輸送される糖ヌクレオチドが、CS鎖の合成に必要であること、および正常な長さのCS鎖が骨格形成に重要であることを意味しています。

研究チームはさらに、SLC35D1遺伝子欠損マウスの病像が、ヒトの骨系統疾患である蝸牛様骨盤異形成症(Schneckenbecken dysplasia)と似ていることに気づきました。

そこで、蝸牛様骨盤異形成症のSLC35D1遺伝子の異常を調べた結果、SLC35D1の機能を完全に欠損させる変異遺伝子を見つけました。すなわち、これまで不明であった蝸牛様骨盤異形成症の原因遺伝子を世界に先駆けて発見したこととなり、蝸牛様骨盤異形成症、及びその関連疾患の遺伝子診断を可能とする成果となりました。同時に、骨格の形成には糖鎖の代謝が重要な役割を果たしており、糖ヌクレオチド輸送体を中心とした糖鎖科学からの原因究明のアプローチが、骨・関節疾患の病態解明に不可欠であることを明らにしました。


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