九州医事新報社 - 医療・医学の〝今〟を伝えて62年

福井大学医学部附属病院 病院長 腰地 孝昭

 新年あけましておめでとうございます。皆さまには健やかに2020年の新春をお迎えのこととお喜び申し上げます。 2019年は台風や水害など自然災害が多く発生し、被害に遭われた地域の皆さまに心からお見舞いを申し上げます。ここ北陸でも長野県の新幹線基地が冠水して北陸新幹線が一時寸断されるなどの間接的な影響がありました。やはりこれも温暖化・気候変動の影響でしょうか、毎年のように自然災害が猛威を振るうことが多くなり、大変気がかりな状況です。 さて、福井大学附属病院は2014年に新病棟開院、その後外来・中央診療棟の再整備を経て平成の終わりまでにリニューアルを完成いたしました。 外来棟には外来受診から入院治療、退院後のケアまですべてをワンストップでシームレスにつなぐ「患者総合支援センター」を設立し、患者家族への支援と医事作業、医師補助作業の効率化を実現しました。 また、病院が新しくなったところで本院の理念を一部改定することにしました。新理念は「最新・最適な医療を安心と信頼の下で」と定め、旧理念の最高の医療というくだりを「最適な医療」に改めることによって、患者中心で患者の意思決定権に寄り添った医療を展開することを主眼としました。 さらに2019年のトピックスとして、8月に病院の目と鼻の先に永平寺町立在宅訪問診療所を開院しました。「大学病院がなぜ在宅訪問診療を?」という批判的な意見もありました。しかし、急性期医療に偏りがちな医学教育を慢性期から在宅医療まで幅を広げ、地域医療に欠かせない総合診療医の教育、育成、定着につなげていくことは福井大学のような地域の医学部としては重要な使命と考えています。 最後に昨今の医療行政では、厚労省の三位一体改革一色です。地域医療構想では当地で過剰と言われる高度急性期・急性期病床を担う公立、公的病院が設立母体の意向もあってか一歩も動かない状態が続いています。今はまだしも、そのうちチキンレース化するのは目に見えています。たまたま、私は附属病院長と県医師会副会長を兼任していますので、行政とも連携してできるだけウィンウィンの形でソフトランディングできないものかと頭を悩ませています。 医師の働き方改革はさらに難問であり、相当な発想の転換と国民のかかり方改革も必要と考えています。 2020年は母国開催のオリンピックの年でもあり、平和で安定した一年であることを願って、新年のごあいさつに代えさせていただきます。

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心が通い合う病院であるために

社会医療法人社団光仁会 総合守谷第一病院遠藤 優枝 病院長(えんどう・まさえ)1988年筑波大学医学専門学群卒業。筑波メディカルセンター、筑波記念病院、総合守谷第一病院副院長などを経て、2019年から現職。  地域の医療を担う中核病院である総合守谷第一病院。守谷市のみならず坂東市、つくばみらい市からの患者も多い。2019年、同病院としては初となる女性院長が誕生した。「患者さんと心の通い合う診療を目指したい」と話す遠藤優枝病院長に、これまでのあゆみと今後の展望を聞いた。 循環器内科医として生きる  総合守谷第一病院に勤務して26年。「月日のたつのはあっという間ですね」と笑う。7月に就任以来、病院長業務の傍ら、循環器内科医として診療にも従事する。医師を志したのは、大学受験を目前に控えた時期だった。 「将来は、学校の先生か会計士になりたいと思っていました。ところが高校3年生の夏、友人に〝触発〟されて医学部を受験しようと決意。大きく方向転換しました」。結果は、見事に合格。筑波大学に進学することになり、周囲の人を驚かせた。 卒業後、循環器内科を選択したのは診断から治療まで、スピード感を持って行えると感じたからだ。 「心臓の疾患は決着がつくのが早い。自分の判断が治療に即結びつくことに、やりがいを感じました」。医師になってからは、目の前の患者さんにひたすら向き合い続けた。 病院長就任を打診されたのは2018年のこと。「話を聞いた時はまさか私が、という感じでした。しかし、この病院での26年という長い勤務の中で培われた経験を病院経営に生かせるのなら、とお受けすることにしました」 「働きたい」と思える病院づくりを  病院長として学会や会議などに飛び回る日が続いているが、院内に目を向けてみて改めて気づいたことがあった。「医師、看護師のみならず、多くのスタッフが、あらゆる研修に参加し、スキルアップを図ってくれている。意外と気づいていない部分でした」 スタッフたちの思いに応えるために、目に見える形で評価制度をつくりたいと、さまざまな取り組みに着手。「現場で困っていることはないか」と、自らがヒアリングする機会を数多く設け、業務改善のスピードアップに努めた。 就任後すぐとなる2019年8月には、接遇の良いスタッフに対して、患者さんが「サンクスカード」を贈る仕組みを整えた。サンクスカードを入れる箱を設置し、投稿があったら該当スタッフに知らせる。スタッフのやる気アップにつながった。 「看護師の業務内容の削減整理、人員確保は早急に対応したいのですが、これらの解決には時間がかかります。そのため、日常的にモチベーションが上がる仕組みが必要だと考えたのです。制度を整え、ここで働いて良かった、楽しいと思える病院にしていきたいと思っています」 型にはまらず患者の〝幸せ〟探す  訪問診療は2017年10月に稼働を開始した。今後さらに充実させていく予定だ。 「訪問診療の利用者の数は少しずつ増えています。私たちの理念は、患者さんに安心して治療を受けていただくこと。患者さんが望んだ形で、穏やかな生活を送れるよう、お手伝いをしていきたい。そのためには、どのような治療が必要なのか。総合的に判断し、常に寄り添いながら患者さんとその家族の方を支えていきたいと思っています」 高齢の患者さんに対しては、自宅への復帰だけでなく、福祉施設へバトンタッチすることも多い。少しでも患者家族の負担を少なくするための体制づくりも充実させていく方針だ。 「重要なのは、従来通りの型にはまった診療ではありません。それぞれの患者さんにとって異なる、幸せの形を探していきます」。患者にも、働くスタッフにも寄り添いながら、心の通い合う病院運営を目指す。 社会医療法人社団光仁会 総合守谷第一病院 茨城県守谷市松前台1―17 ☎0297―45―5111(代表) https://www.moriya.daiichi.or.jp/

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熊本地震を乗り越え災害に強い新病院が始動

熊本市立熊本市民病院 熊本市東区東町4―1―60 ☎096―365―1711(代表) http://www.cityhosp-kumamoto.jp/  2016年4月に発生した熊本地震で大きな被害を受けた熊本市立熊本市民病院が移転新築。2019年10月1日に開院、7日から本格的に診療を開始した。地域住民が待ち望んだ新病院とは。 ◎新築を検討中に熊本地震で被災  もともと老朽化が進み、新築計画が進んでいたという熊本市民病院。「北館、南館はすでに30年以上、耐震性や経年劣化などの問題が露呈していました。そこで現地または移転での新築が検討されていたのです」と、髙田明院長は振り返る。 しかし東日本大震災からの復興や東京五輪の建築ラッシュで資材や人件費などが急騰し、計画の見直しを検討していたその時に、熊本地震が起きた。熊本市民病院もライフラインの寸断、建物の破損など、大きな被害に見舞われた。 「移転先は、国家公務員の官舎が建っていた国有地。被災前の検討段階の時も有力候補の一つでした。同じ東区にあり医療圏が変わらないこと、熊本地震で大きな被害を受けた益城町からも近く、災害時の対応も考慮して新築移転先の第1候補に。国との交渉もスムーズに進み、ここへの移転新築が決まりました」 ◎災害に強い病院へ  新病院は被災による復旧ということもあり、国の補助では現状復旧が原則だった。しかし旧病院が建った40年前と今とでは、医療を取り巻く環境が大きく異なる。そこで関係機関との粘り強い交渉を行い、全く新しい病院の建設が実現する。 「被災したからこそ災害に強い病院を目指した」という、髙田院長の言葉通り、建物は地震が発生した際に揺れを軽減する免震構造を採用。電源は非常用発電機を2台設置、浸水に備えて発電機は屋上に設置された。被災した際に受水槽が壊れて水が全く使えなかった経験から、新病院では上水道と、ろ過装置付きの地下水の二つで、水を供給できるようにした。  木のぬくもりを感じる広々としたエントランスホールは、災害時にはトリアージおよび患者の治療スペースとして使用。緊急時にベッドにできるソファや床下には必要な各種配管を配備。また、ドクターヘリによる救急搬送に対応する屋上ヘリポートも新設した。 災害時に対応できるスペースを十分に確保したエントランスホール  来院者の利便性も図られた。以前は狭く分散されていたことで非常に不評だった駐車場は、広い敷地を確保でき、病院前に346台分を整備。コンビニエンスストアやカフェの設置、診療時間をメールで知らせるアプリなど最新のITも導入した。 さらに入退院患者への手術の説明や、入院期間中から在宅復帰まで支援する患者サポートセンターを新設。ここには看護師や社会福祉士など専門職を配置し、患者や家族の悩み相談も受け付ける。 ◎女性と子どもに優しい病院を目指して  旧・熊本市民病院は、総合周産期母子医療センターとしての役割を担っていた。この新病院においても、ハイリスクの妊婦を受け入れるなど、その機能を強化していく。 さらに、女性特有の疾患やメンタルヘルスケアへの対応、遠方からの患者家族の経済的・精神的な負担の軽減を目的としたファミリーハウスを敷地内に設置(3家族が入居可能)するなど、女性と子どもに優しい病院を目指している。 髙田 明 院長  「新病院の開院までの診療縮小の間、看護師など医療スタッフを九州管内の病院へ派遣研修させ、医療技術の維持・スキルアップを図るとともに、被災者支援業務に携わるなど、市職員として活躍の場を広げました。病院の外で働いたからこそ、新しい熊本市民病院でその経験を生かしたいという思いが募っています」 地域住民の期待だけでなく、スタッフたちの熱い思いが原動力となって、新しい熊本市民病院が力強く動き始めた。

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重点7項目を掲げ診療報酬への意識を改革

彦根市立病院金子 隆昭 病院長(かねこ・たかあき)1985年京都大学医学部卒業。同神経外科、小倉記念病院、兵庫県立塚口病院(現:兵庫県立尼崎総合医療センター)などを経て、1996年彦根市立病院入職、2012年から現職。2016年から彦根市病院事業管理者兼任。  地方公営企業法の全部適用となったのは2016年。基盤である診療報酬の加算に対するアプローチにおいて明確な目標を掲げたことが功を奏し、経営改善は加速しつつある。地域連携センターを軸に、地域完結型医療も目指す。 ―2018年、地域医療支援病院に。また地域包括ケア病棟開設から1年。  とにかく力を入れているのが地域連携。地域医療連携室、入退院支援室、患者家族支援室、在宅医療支援室、それに訪問看護ステーションの5部門をまとめた地域連携センターを中心に、病病連携・病診連携を強力に推し進めています。  毎週火曜日には周辺病院の担当者とカンファレンスを実施。急性期を終える患者さん一人ひとりについて、どこで受け入れるか協議します。診療所の先生方との連絡も密に取る。これで患者さんの流れがスムーズとなり、在院日数は2日ほど短縮されて約11日になりました。  それでも当院の入院患者の割合は回復期や慢性期が半数を占めていた。そこで2018年10月、41床の地域包括ケア病棟を開設しました。注意したのは、まずは周辺病院への転院を最優先にすること。そして地域包括ケア病棟では3週間を目安になるべく早く在宅、施設に戻れるようケアすること。これで急性期入院の割合は向上しました。  地域包括ケア病棟は、ほぼ満床が続いています。内訳はポストアキュートが8割超。3~4割をサブアキュートにするのが目標です。周辺病院との協力で実現したいと思います。 ―経営改善の切り札は。  まずは診療報酬にかかっています。以前はそのあたりの認識が甘く、加算漏れが多々ありました。  そこで、今年4月に重点7項目を設定。①救急医療管理②入退院支援③疾患別リハビリテーション④特別食⑤退院時情報添付⑥薬剤管理指導⑦特定薬剤管理指導です。  それぞれにチームを作り、リーダーを任命。勉強会で認識を深めています。結果、医師だけでなく他の専門職にも考えが浸透し、指導件数はかなり増加。退院時リハ指導などベンチマークが低かった項目も改善してきています。  加算が付くはずなのに取れていないということは、標準的な医療ができていない、という見方もできる。しっかり医療を行い、その対価を得る。ドクターがそんな経営意識を持つことは重要です。7項目が定着すれば、来年度に新たな項目を追加して広げる予定です。  加えて、これまで以上のコスト削減にも注力します。見直しは今月から。連携法人との共同購入も考えたいですね。 ―新たなトピックスや、目指したい方向性など。  専門医が育ちましたので腫瘍内科を設けました。2020年4月から対外的に標榜し、固形がんに対する薬物療法を積極的に行う予定です。  5人のスタッフを擁し、充実しているのが歯科口腔外科。不採算部門と考えられがちですが、診療報酬を見ると周術期だけでなく口腔ケアも良くなってきている。ケアで肺炎や脳卒中が減るとも言われており、摂食、嚥下(えんげ)も含めて医科・歯科連携を強めていきたいですね。歯科医院のみならず、当院の在宅部門も関与して進めたい。  あとは総合診療医ですね。当院は病院総合医のプログラムが認められており、ドクターの育成と確保も重点課題の一つ。臓器別、専門分野思考がまだ主流を占める中、総合診療に興味を持つ先生を積極的にバックアップしたい。  ここは湖東医療圏唯一の公立病院ですし、不採算部門でも持続させる責務がある。公立・公的病院が今後の方針について再検証を迫られるなど、厳しい時代を迎えています。「全員参加の経営」で乗り越えていきたいと考えています。 彦根市立病院滋賀県彦根市八坂町1882☎0749─22─6050(代表)http://www.municipal-hp.hikone.shiga.jp/

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患者の不安を取り除きチームで支える治療を

医療法人 創起会 くまもと森都総合病院 西村 令喜 統括副院長(にしむら・れいき) 1976年山口大学医学部卒業、熊本大学第2外科入局。熊本市立熊本市民病院首席診療部長、同副院長、くまもと森都総合病院副院長などを経て、2015年から現職。  熊本県外からも多くの患者が訪れるくまもと森都総合病院の乳腺センター。その設立に関わり、これまでに多くの乳がん患者の治療に当たってきた西村令喜統括副院長に、時代と共に変わる乳がん治療、医療者としての在り方ついて、話を聞いた。 ―乳腺センター開設から4年。  市民病院から移ってきたのが2015年4月。念願であった乳腺センターを実現できる環境がある「くまもと森都総合病院」に、一部の患者さんも一緒に移ってきました。 乳がんの患者さんを5000人診てきましたが、気になっていたのが診察や検査の不便さ。診察室、マンモグラフィー検査、超音波検査、細胞診検査などが別々にあり、患者さんが何度も着替えなくてはならないなど、不自由がありました。 乳腺センターでは、広いスペースが確保でき、待合室や相談室、検査室などが一つの部屋の中にあります。利便性が向上したことで、受診を希望する患者さんもさらに増えました。 ―乳がんの患者の傾向は。  2014年の調査で11人に1人の割合。患者数は増加傾向にあると言われています。当院における昨年1年間の乳がん手術数は400人超。毎週8人〜10人を手術している計算です。 他のがんに比べて、若い人が多く、ピークが40代後半と60代前半。欧米は60代が多いのですが、なぜか日本を含めアジアでは、40代が多いのが特徴です。 有名なタレントさんなどの影響で、受診率も2割〜3割増えている印象です。検診の無料クーポンが配布されていますので、それをきっかけに検診に来て、見つかることも少なくありません。早期発見できるケースは、確実に増えています。 ―現在の治療法は。  がんの性質に合わせた治療を行っています。乳がんの7〜8割は、女性ホルモンの影響が大きく、その場合はホルモン治療が有効です。HER2型については、HER2を抑える治療。進行が早いがんは、抗がん剤がより効きます。 昔の選択肢は乳房の切除でしたが、今はさまざまな方法があります。手術の前にがんを小さくして乳房を残す方法や、乳房再建術もあります。分子標的治療も広まってきています。いろいろな組み合わせの治療を、患者さんと相談しながら行っていく時代になっています。 最近は、米国の女優さんで話題となった「遺伝性乳がん卵巣がん症候群」が話題です。血液検査で調べることができ、薬剤も開発されました。 乳がんは、10年以上たって再発する場合があります。ただし、性質を見極めることで、いつごろ再発するかまで分かってきました。 ―どのような取り組みを。  チーム医療で取り組んでいます。診察室で医師が話を聞くだけでは限界があります。診察の前後に看護師が話を聞く、薬を渡す時に薬剤師が話す、マンモグラフィーや超音波の時に技師が話をする。情報をみんなで共有し、チームとして、患者さんの不安を取り除くようにしています。 院内には、「チーム医療研究会」があり、新しい治療の勉強はもちろん、一人一人の患者さんについての情報を共有。この患者さんにはどのような治療や対応がいいのか、みんなで話し合っています。 さらに、理学療法士や栄養士、医療ソーシャルワーカー(MSW)、腫瘍精神科の医師も含め、病院全体で患者さんを支えています。 以前であれば、医師が治療方針を決めていました。今は、十分な説明のもとに、医療従事者と患者家族とが情報を共有し、相談しながら治療法を決める時代です。〝チームで支える〟ということは、人間としてどう接するべきなのか、そこにつながっていくと思っています。 医療法人 創起会 くまもと森都総合病院熊本市中央区大江3―2―65☎096―364―6000(代表)https://www.k-shinto.or.jp/

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患者家族の希望をつないだ心停止下臓器・組織提供

独立行政法人労働者健康安全機構 熊本労災病院 猪股  裕紀洋 院長(いのまた・ゆきひろ)1977年京都大学医学部、1987年同大学大学院卒業。同大学助教授、熊本大学大学院小児外科学・移植外科学教授、同大学医学部附属病院病院長などを経て、2017年から現職。  2018年末、病院として初の「心停止下の臓器・組織提供」を行った熊本労災病院。脳死下肝移植手術の経験を持ち、現在、厚労省の臓器移植委員会の委員でもある猪股裕紀洋院長に、心停止下での移植のいきさつから、今後の可能性について語ってもらった。 ―心停止下での臓器・組織提供のいきさつは。  脳神経外科の急患で、ご家族から「臓器提供ができないか」というお話があったことから始まります。実は、主治医が患者の母親を治療した経験があり、非常に信頼が厚かったという背景がありました。  脳死と聞くと臓器提供を頭に浮かべる人は少なくありません。今回は亡くなられた方のドナーカードや意思表明の記録は残ってなく、あくまで、脳死状態になった患者家族の方の提供の意思を尊重した形です。  病院として一般的なシミュレーションは行っていましたが、臓器・組織提供は今回が初めて。私自身は大学病院で肝移植の経験があり、日本移植学会の副理事長も務め、現在も厚労省の臓器移植委員会の委員になっています。だからと言ってこれまで、当院でオプション提示や保険証裏の記載の確認などを、声高に言ってきてはいませんでした。  当初、主治医は脳死下での提供が可能だと思っていたようですが、ここは脳死での臓器提供ができる病院ではありません。可能性があるのが心停止下。主治医は私に移植の経験があることを知っていたので、電話をかけてきて「どうしましょうか」と。そこから院内での話し合いが始まったのです。 ―心停止下と脳死下とでの違いは。  脳死の場合と異なり、心停止下の提供は、心臓が止まってから。今回は、脳死から心停止まで3週間程度。ご家族にすれば、「生きていてくれる」という喜びと、その時がいつ訪れるか分からない大変さと、両方だったのではないでしょうか。私も心停止下は初めてで、これだけの時間がかかることは想定していませんでした。  提供できるのは腎臓と角膜、そして骨。腎摘出のためには、その時が近づき、状態が不安定になった段階でカニュレーションという足の付け根からカテーテルを入れる処置が必要で、腎臓の提供を受ける病院のスタッフが院内で待機して実施。角膜は当院の眼科の医師が摘出し移植コーディネーターへ、骨は骨バンクの担当者が来て、摘出を行いました。  心停止での提供は、手術室があればどこの病院でもできるのですが、実際にはそれまでの過程がなかなか大変だと思います。最近は、脳死での提供がクローズアップされる分、心停止での提供は減っているという現状があり、今回も、ご家族からの提案がなければ提供はなかったでしょう。  病院の質を担保した上で、手を挙げる病院は脳死下臓器提供の施設として認める制度も必要かもしれません。 ―心停止での臓器移植の今後の可能性は。  医師の意識、一般の方の理解も広まっていますので、まずは免許証や保険証の臓器提供の意思表示の確認が必要だと思います。日本ではまだ抵抗はあるかと思いますが、ご家族も「どこかで生きてほしい」「臓器が人を助ける」と思うことで、その人が亡くなったことの意義が見いだせるかもしれません。  今回、ご家族からのご希望で思いがけない経験をしましたが、私たちにできることは、ご家族の意思を確認・尊重し、できる限りのサポートをすることに尽きると思います。職員全員が、患者さんのご家族が望む結果に向かって「みんなで努力しましょう」と、取り組むことができました。  今回のことに限らず、労災病院として力を入れているがん患者の就労、両立支援をはじめ、患者さんの求めることにできる限り応じていく病院であり続けたいと思います。 独立行政法人労働者健康安全機構 熊本労災病院熊本県八代市竹原町1670☎0965―33―4151(代表)http://kumamotoh.johas.go.jp/

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関西医科大学 学長 友田 幸一

新年あけましておめでとうございます。穏やかな年をお迎えのこととお慶び申し上げます。今年の干支は「亥」ですが、「未・申」と続き「酉」は果実が極限まで熟し、「戌」は実を収穫した状態、そして「亥」で地面に蒔いた種が土中へ埋まり、次世代の生命へとつながっていく大切な準備期間を意味します。

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