愛媛大学大学院医学系研究科 病因・病態領域産科婦人科学講座 杉山 隆 教授

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妊婦の心身をケア 次世代の健康も守る

【すぎやま・たかし】 1988 関西医科大学卒業 三重大学医学部附属病院産婦人科研修医 1994 三重大学医学部助手 2002 三重大学医学部助教授 2013 東北大学病院産科長・特命教授 2015 愛媛大学大学院医学系研究科病因・病態領域産科婦人科学教授

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―日本周産期メンタルヘルスケア学会の理事を務めておられます。周産期のメンタルヘルスの重要性について教えてください。

 「産後うつ」という疾患があります。産後うつには妊娠による生活の変化、環境の変化によって発症するケースと、もともと精神疾患の既往歴があって発症するケースとがあります。産後うつの中で最も割合が高いのが後者の精神疾患の既往歴がある人です。

 産後うつで最も注意すべきことは自殺です。産後1年以内に自殺する女性は全国で毎年約50人になると試算されています。

 妊産婦死亡とは、妊娠中から産後42日以内の死亡です。たとえば、分娩(ぶんべん)時の大量出血や羊水塞栓(そくせん)症などで亡くなる妊産婦があげられますが、その数は年間40人前後です。

 産後の1年と42日という期間の差はありますが、わが国で約90人の妊産婦が産後1年以内に亡くなっているということです。言い換えれば、妊産婦死亡の原因として産後うつによる自殺が最も多くなる可能性があることになります。これはとても深刻な問題です。

 昨年、日本産科婦人科学会、日本産婦人科医会はこの状況を問題視。厚生労働省も重要視し、今後、産後2回までは産婦健康診査が公費負担される予定です。この健康診査で、産婦さんの身体の状態だけでなく、心の状態もチェックすることになります。そしてハイリスクだとみなされた人には医療機関が継続的に心理面のケアを実施します。

―精神疾患の既往歴がない人でハイリスクの人はどんな人でしょう。

 不眠、食欲不振、望まない妊娠、つらいことを経験した人などは産後うつを発症するリスクがあるので注意を要するとされています。

 また、依然マタニティハラスメントが問題になっています。たとえば、産休前につわりや切迫流産、切迫早産などで仕事を軽減してもらうことについて職場が無理解なことが精神的ストレスを与えるようです。

 当院では妊娠中からハイリスクと考えられる人に対しては医師、看護師、臨床心理士、ソーシャルワーカーなど多職種によるカンファレンスを行うとともにケアに当たり、必要な場合は精神科を受診してもらっています。

 産後うつは疾患です。カウンセリングだけで治るものではなく、薬の投与が必要となる場合が多くなります。しかしながら、精神科を受診しない場合、悪化して虐待や育児放棄、自殺や心中の可能性もあります。

 このような最悪の事態が起こらないように、早期にハイリスクの人を抽出して、妊産婦の精神状態をきめ細かに観察する必要があります。

 すでに精神疾患を合併している妊婦さんに対応するには、産婦人科医と精神科医が24時間体制で対応し、入院できる施設でなければなりません。四国の場合は4県とも大学病院が対応しています。

―産後うつは出産によるホルモン量の変化で発症することもあるのでしょうか。

 妊娠をすると非妊娠時に比べて女性ホルモンの量が5倍〜10倍に増加します。また副腎皮質ホルモンの量も増加します。そして赤ちゃんが生まれると、上昇していたホルモン値が急激に変化し、心身のアンバランスが生じ得ます。

 このような機能的変化に加え、社会的背景、生活背景が複雑に絡みあって産後うつが発症すると言えるでしょう。

 妊娠すると生理的変化が生じますが、これは母体にかなりの負荷をかけることになります。たとえば、循環血液量の場合、非妊娠時の約1.5倍となり、心臓や腎臓に負担がかかります。脳に見つかっていない血管異常があった場合、それまで運動していても問題ない場合でも、妊娠中の血液負荷がかかったり、妊娠高血圧症候群になったりして、脳出血を起こす可能性があります。脳出血は生命に関わります。

 最近は晩婚化によって高齢出産が増えてきました。その結果、妊娠高血圧症候群や妊娠糖尿病のリスクが高まるので、高齢出産に伴う母体合併症のみならず、胎児や新生児の周産期合併症にも注意する必要があります。

 現在、母子手帳には血圧、体重、尿たんぱくなどの身体所見しか記載できません。そこで今後は精神的な所見も記載できる欄を設けるべきとの機運が高まっており、その方向で進んでいます。

―妊娠中に「うつ」だった場合、お子さんの発育に影響がありますか。

 受精時や胎児期の子宮内の環境によって胎児の遺伝子がエピゲノム変化を起こし、それが将来の疾病の要因となる。これがDOHaD(ドーハッド)の概念です。

 妊産婦さんの食事や環境のみならず、乳・幼児期の栄養や種々の環境が子どもの遺伝子の発現に変化を与えることが知られています。たとえば高血糖状態のお母さんから生まれた赤ちゃんが将来肥満や糖尿病になる可能性が高くなることも分かっています。子宮内や出生後の環境を良くすることが、次世代の健康を守ることにつながります。

 妊娠中のストレスが子の行動異常と関連するといった報告があります。また産後うつの場合、お母さんは赤ちゃんとうまくコミュニケーションが取れない可能性があります。生後2、3年は将来の人格形成に大きな影響を与える時期だと言われています。その時期に育児放棄や虐待を受けると、将来、その子が親になった時、親と同様のリスクが高くなる可能性があります。そうした負の連鎖を断ち切ることも私たちの使命なのです。

―今後の取り組みは。

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 産婦人科、特に周産期医療ではマンパワーが不足しています。したがって地域の周産期医療を維持するためには、地域に応じた病病、病診の連携体制の確立が必須です。

 1次医療機関である診療所(クリニック)、2次医療機関の病院、3次医療機関である基幹周産期医療センターで、患者さんの状態に応じた役割分担をすることが重要です。なぜなら、お母さんの合併症や胎児の異常が存在する場合には管理する施設が限られます。また切迫早産では、分娩の切迫度と妊娠週数により、新生児の管理能力に見合った管理施設をコーディネートする必要があるからです。

 中長期的ビジョンとして「産後ケアハウス」の開設を考えています。この産後ケアハウスは、現在、助産院などで行われているものとは異なります。助産院で実施しているケアの多くは、助産師がお母さんの話を聞いて、授乳の仕方や沐浴の指導、栄養バランスが整った食事を用意するなど、1日単位で支援するものです。一方、私が考える産後ケアハウスは、地域でお産の取り扱いを中止する診療所があれば、そこを産後ケアハウスとして機能させるものです。ケアハウスでは、2次、3次施設でのお産後、お母さん、赤ちゃんともに治療の必要がなければ、ケアハウスに入院してもらうのです。ここでは、お産を取り扱っていないので、お産を含む救急医療はありません。したがって、医師や助産師が褥婦(じょくふ)と接触する時間はより多くなります。

 産後ケアハウスで産婦人科医が褥婦の診察をし、新生児については、他施設から小児科医に定期的に往診してもらいます。取り組みをモデル事業として展開し、産後ケアハウスで過ごした産婦さんは産後うつや虐待の発生頻度が低いということになれば、自治体から補助金を獲得できる可能性があります。

 周産期メンタルヘルスケアを充実させるためには、まずハイリスクな女性を効率よく抽出し、多職種連携による支援を行うことが必要です。将来的には行政の協力を得て、産後ケアハウス設置などを含めた地域に応じた体制構築を築くことが重要だと思います。

愛媛大学大学院医学系研究科 病因・病態領域産科婦人科学講座
愛媛県東温市志津川
TEL:089-964-5111(代表)
https://www.m.ehime-u.ac.jp/school/gynecology/


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