出産はゴールではなく育児のスタート
日本の周産期医療の草分けと言われる三宅廉・元京都府立医科大学教授が初代院長を務めたパルモア病院。病院の理念である「赤ちゃんの健やかな成長」を支える医師としての思いは山崎峰夫現院長へ連綿と続く。
◎子どもたちへの思い
1886(明治19)年にW・Bランバス宣教師が開設したパルモア学院は、神戸の地でキリスト教の布教と英語教育に力を注ぎました。
第二次世界大戦後間もなく、医師の資格を持つ宣教師が学院に通う生徒たちの診療を始めたことをきっかけに診療所を開設。小児科医の三宅廉医師が初代所長に就任しました。その後1956(昭和31)年にパルモア病院となり、小児科医と産科医が連携し新生児を診るこれまでにない試みが三宅先生によって始まりました。
当時の新生児に対する医療は「産科と小児科の谷間」と言われるほど。産科が診るべきか小児科が診るべきかがあいまいで、新生児の死亡率も高い時代でした。この状況にもどかしさを抱いていた三宅先生は、「子どもが健やかに育つためには生まれた時から産科と小児科が協力する必要がある」という考えで体制を整備。今では当たり前となった周産期医療の考えを、60年余り前に実践し始めた実行力に驚かされます。
私は現代の周産期医学を地域で実践することを目指し、神戸大学から当院に着任しました。残念なことに、諸問題の重積の結果、当院の経営は既に悪化。院長就任後わずか半年の2013年10月末で民事再生法適用となってしまいました。
その後、懸命に再建を模索する中、「パルモア病院の歴史を絶やすことは出来ない」と、神戸大学医学部の先輩から「私の運営する医療法人で再建したい」との申し出がありました。
◎出産後も小児科で受診を
こうして、2015年12月1日から医療法人社団純心会(本部:香川県)が新たな運営母体となりました。ただ、産婦人科と小児科の併設という病院運営の方針はこれまでと変わることはありません。さらに、地域の方々の応援もいただき、一時は500件台に減ったお産の数も、年間約700件まで回復しました。
産婦人科、小児科ともに神戸大学医学部と連携をとっています。現在の小児科部長は創立者三宅廉先生のお孫さんにあたり、私と同じ神戸大出身です。
小児科には4人の小児科専門医がいます。それぞれの専門分野が違いますので幅広い疾患に専門的に対応できます。専門外来としては、「アレルギー」「神経発達」「腎・おねしょ」の三つがあります。
当院で生まれた赤ちゃんの多くは、その後の健診や予防注射と、成長後も引き続き小児科を受診します。
また、妊婦健診を当院で受けて、その後里帰り出産される方も多くいます。出産後もほとんどのお母さんは子どもを連れて、パルモア病院に通います。妊娠初期から出産までの母親の診療情報を、生まれて間もない子どもの診療に生かしているのです。
◎ベビーフレンドリーホスピタルに認定
1989年に、WHO(世界保健機関)とユニセフ(国連児童基金)は「母乳育児の保護、促進、そして支援のために、産科施設は特別な役割を持っている」という共同声明を発表。
同時に世界各国の産科施設に「母親が分娩後、30分以内に母乳を飲ませられるように援助すること」「医学的な必要がないのに母乳以外のもの(水分、糖水、人工乳)を与えないこと」などを盛り込んだ「母乳育児成功のための10カ条」を提唱しました。
この10カ条を長期間守り、実践する産科施設が「赤ちゃんにやさしい病院」(ベビーフレンドリーホスピタル・BFH)として認定されています。
これまで、当院が進めてきた母乳育児への取り組み、病院の理念である「赤ちゃんの健やかな成長」を核にした活動が、認定施設とされた背景にあると思います。
◎母乳育児の意義
母乳育児にはたくさんの意義があります。母乳によって赤ちゃんの感染を防御すること、栄養的な価値、アレルギーを起こしにくいこと、出産後速やかな母体回復につながること、母子間の良好な関係形成につながること...。
10年ほど前までは、授乳の前に乳頭を清浄綿で拭いて清潔にしていたのですが最近はしません。乳頭の周りにある常在菌を一緒に飲んでもらうことで抵抗力を付けてもらうためです。
おっぱいには赤ちゃんが吸い付くと、それが刺激となって脳の下垂体前葉からプロラクチン、後葉からはオキシトシンが分泌されて、乳汁分泌や射乳が起こるという仕組みがあります。
最近ではオキシトシン、プロラクチンは「幸せのホルモン」とも呼ばれており、授乳をすることでお母さんが幸せな気持ちになるというメカニズムもわかってきました。
母親全員の授乳がうまくいくわけではありません。4割は特に何もしなくても母乳が出ますが、残りの6割についてはそうではないというデータもあります。
しかし、「赤ちゃんは3日分の弁当箱、水筒を携えて生まれてくる」とも言われます。健康な赤ちゃんであれば、何も与えなくても、3日間は耐えられます。ですから、スムーズに授乳が始められなくても最初の3日間を赤ちゃんと一緒に頑張って乗り越えてほしいのです。
母乳育児を円滑に進めるために特に重要なのが、助産師や看護師のスキル。出産直後からお母さんに寄り添い、授乳技術を支援し、その心を支えます。当院の看護スタッフは母乳育児についてのアドバイスをきめ細かく実施します。
◎赤ちゃんに優しい産科病院とは
三宅初代院長はその理念に、「赤ちゃんの健やかな成長」を掲げました。私もその思いを大切にし、いつも「出産はゴールではなく育児のスタート」と言っています。
昨今は、少子高齢社会のせいか、出産が華やかなイベントと捉えられがちです。しかし、本当に大切なのは出産した瞬間をはなばなしく祝うのではなく、その後を長く支えていくこと。
妊産婦と赤ちゃん、その家族に対する支援を通して、育児をその「スタート」から応援する体制こそが、幸せな家庭づくりへの要だと思います。
そのために必要なのはスキルがある看護スタッフがいること。当院は助産師14人、看護師15人を配置。また、助産師のうち8人が、一般財団法人日本助産評価機構により助産実践能力を認証された「アドバンス助産師」です。
本当に「赤ちゃんに優しい病院」とは、出産前から成長するまで、切れ目なく親子を支える体制があること。
そのためには知識と経験の豊かな助産師、看護師の数が揃い、スタッフ全員が風通しのよい環境でお母さんや赤ちゃんを迎えることが大切です。
これから出産を考える方には、ぜひこのような「赤ちゃんの立場にたった視点」を持つことも大事だということを知っていただきたいですね。
医療法人社団 純心会 パルモア病院
神戸市中央区北長狭通4-7-20
TEL:078-321-6000(代表)
http://www.palmore.or.jp/